『君戀しやと、呟けど。。。』

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『血族4』その1 (小題:風見鶏) 完結篇

2020-07-18 19:51:12 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


このお話は、
『家族』
『姉妹』
『血族1』
『血族2』
『血族3』
の続編です。

7月自作/風見鶏 『血族4』その1


 台風かと思うような風の吹く、夜だった。
 高野祥華は隣の県の私鉄駅に降り立った。
 大学は夏休みに入っていたので昼間でもよかったのだが、芽美がいない時間は夜だという助言を受けた。
 家族総出で捜しても見つからなかった母と芽美を、たった二週間で見つけてくれた探偵、太田からの言葉だった。その後、彼は瑛里華を通して芽美の身上調査の結果を送ってくれた。
 元刑事というのは、立派な肩書だということを祥華は痛感するのだった。

 古い木造のアパートだ。
 駅からも二十分近く歩いた。
 芽美は駅前の居酒屋で働いており、深夜になるまで帰ってこない。見上げると、小さな窓のカーテン越しに小さな明かりが見えている。

 二階建て。錆ついた外階段を上がり、一番奥まで歩く。小さなボタンを押すと、室内に鳴るベル音が聞こえる。午後七時過ぎ。こんな時間に誰かが訪ねてくることなどなかったのだろう。電気はついているのに、人がいるようには感じない。
 暫く待って、もう一度ボタンを押す。
「お母さん。開けて」
 今度は声をかけた。
 がたん、と音がして、人が近づく気配がした。玄関が開く。
「祥華」
 六年振りに見た母は髪が白くなり、老いた印象を受けた。
「お久しぶりです」
 どう声をかけたらいいのか、わからなかった。ただ佇んでいたら、かなり経ってから、入ってと促された。

 部屋は狭い。ベッドは一つ。まさか二人で寝ているとは思えないから、もう一組の寝具は押し入れにあるのだろう。
 六畳一間に小さな台所があるだけの部屋だった。何もない。流しには湯呑と茶碗と皿と小鉢。全て二組ずつだ。座布団なんてものはないわ、と言い、小さなテーブルの向こう側に回るように指された。
「どうしてここがわかったの」
 開口一番が、この言葉か。祥華は少し情けないと思った。家族を気遣う気持ちはもうないらしい。
「探偵に依頼をした」
「そう」
 なら、ほかにもいろいろ分かっていることがあるのでしょうね。母の呟きに返事はしなかった。
 しかし沈黙を肯定ととったようだ。彼女は芽美のこと。自分のことを話し始めた。

 大学を出たばかりだった、と時間は母の結婚前に遡る。
 二人の結婚は父の職場の知り合いから紹介された、殆んど見合いのようなものだと聞いている。計算すれば、母が大学を出てすぐに結婚したことは分かるから、その頃の話をするのだろうと予測はついた――。

 結婚したいなんて言ったこともなかったのに。
 両親、つまり祖父母だ。彼らが決めて相手を気に入ったことで話がどんどん進んでいったという。
 初めて会った時に、写真とは印象が違って優しい人のようだと思った。ただ若かった。
 友人達は就職したばかりで仕事を覚えることに精一杯とはいえ、社会人としてばりばり働いている。自分は就職せず、家事手伝いという括りで自宅にいる毎日だった。
 焦っていた。取り残されていくような感覚。だからといって働くことも難しそうで、すべてが中途半端だった。
 そこに舞い込んだ見合い話。両親が飛びついたのも分かる。ただ自分は怖かった。そんな時だった。
 高校時代の同窓生に偶然、街で出会った。大人になりたての、何の責任も知らず、若気の至りの勢いと目の前の楽しさだけだった。ホテルに行って、結果がどうなるかなんて考えてもみなかった――。

「最初はどちらの子供か、私自身、分からなかった」
 ごめんなさい、と頭を下げる母にどんな言葉をかけるべきか。
「芽美は何と言って、高野の家に入ってきたの」
「あの子は、私とだけ一緒に暮らしたいと。二人だけの家族だからと言って、DNA検査結果を見せられた」
 衝撃だった。夫との父子関係が0%となっている。
 過去の過ちが、どっと押し寄せてきた瞬間だった。

 その日から、針の筵の上にいるような暮らしだった。最初の約束の一週間、ずっと芽美から家を出ようと言われ続けて、すべての余裕を失ってしまって祥華を心配することすら忘れていた。
 入れ替わりが終わるという日、漸く一息つけると思っていたら、突然帰らないと言い出して。もう、その日から地獄の日々でしかなかった。
「祥華と二人で、朝の支度を一緒にしてる時だけが穏やかだった。娘は祥華だと心の底から思っていたわ。でも芽美は許してくれなかった」
 もう限界だったの。そう言った後、泣き崩れた。

「何故、実家に帰らなかったんですか」
「行けるわけないじゃない。お父さんは和信さんのことを気に入ってるのよ」
 和信は父の名前だ。
「親でしょ。子供の方が大事に決まってるじゃない」
 それでも母はそんなことないとブツブツ呟いている。
「おじいちゃんはもういない。三年前に亡くなりました。おばあちゃんは一人になって、一緒に暮らそうと言ったのに迷惑かけられないって家を処分してホームに入ったよ」
 いつまでもあると思うな、ということよ。

 風見鶏のように、その場しのぎの顔を見せ、人当たりが良い人として通してきた。そんな調子の良いだけの暮らしなんてあるわけない。
 表と裏の顔をするのではなく、人に知られたくないこと、向き合わなければならない局面はあった筈だ。それを全て父に背負わせてきたのだろう。

「責める心算で来たわけじゃないよ。お父さんがちゃんと離婚をして、戸籍を独立させて芽美と養子縁組をしたらどうかって」
 テーブルに預かった離婚届けを出す。
「え?」
「健康保険証、返して下さい。もうお父さんを自由にしてあげて下さい」
 娘と二人で生きていくのなら、ちゃんと働かないと。親なんだから。
「探偵さんがね。芽美の父親の今の居所を教えてくれた」
 茶封筒を置いて、聞かされた話をそのまま伝える。

 芽美の写真を見せて、似ている人を知らないかと聞けば、十中八九同じ男性の名前があがった。そのくらい彼女は父親に似ている。非公認ではあるがDNA検査もしておいた。間違いない。
 探偵はそれを確信したから、父に離婚をすすめたようだ。

 愚かだったね。
 きっと、やり直すタイミングはいっぱいあった。それを遠回りして、後回しにして、最後は逃げた。
 父は厳しいけれど、すべてを否定するような人じゃない。少なくとも芽美の我が儘を受け入れて一緒に暮らしてきた。
「サインをして下さい。持って帰ります」
 随分、愚図愚図していたが最後には署名捺印された離婚届けをもらって部屋を出る。
 階段を下りると、何と隼人が待っている。
「どうして」
「迎えにきた。一緒に帰ろう」
 その優しさに泣けてくる。

 どうやら母が窓を開けたようだ。
「祥華は、ずっと哀しかった。あなたはこれから、その哀しみも背負っていくべきだ」
 小さな声で、あなたはと聞こえてくる。
「兄です。松本隼人と言います。芽美は妹でした」
 振り返ろうとしたら、隼人に頭を抑えられ妨げられる。
 これで本当に終わりだ。
「明日。届けを出します。諸々の手続きを行って下さい」
 失礼します、と今度こそ隼人は歩き出した。

[続く] 著 作:紫 草 
 

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