『君戀しやと、呟けど。。。』

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『夏だけの恋じゃない』3(小題:逢瀬(恋))

2019-08-30 19:18:00 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


 このお話は、
 『夏だけの恋じゃない』
 『夏だけの恋じゃない』2の続編です。

『ママは此処にいるよ』
 光流の言葉が胸に刺さった――。

 付き合っていると言っていいものか、長らく悩んでいた。白城修和は某コーヒーチェーン店で店長をする三十五歳だ。息子は三歳の男の子が一人、妻は二年前に他界した。
 たまたま近所に保育園があり、事情を察してくれた園長が中途入園を認めてくれて今日まで預けながら頑張ってきた。
 彼女、鏑木泉に遇ったのは一年くらい前になるだろうか。学校帰りに友達に連れられてやってきた。高校生なのに注文に戸惑っていたりして、今時珍しい子だなと思ったのが最初。その後、クリスマスケーキを予約していたコンビニでばったりと逢った。
 彼女はクリスマスイブだったその日に、コンビニでご両親にアイスクリームを買っていた。友達とパーティとかしないのかと聞いたら、家にいる方が好きだからと言う。最初の印象もよかったが、そう話した時の穏やかさがとても自然で、いい育てられ方をしているお嬢さんなんだと思った。
 それから彼女は毎日のように店に通うようになる――。

 どういうわけか息子を連れて出かけていると偶然出逢う、ということが数回あった。メールアドレスを交換し、日記のような内容のメールが送られてくるようになった。そして息子を連れて月末の休みに遊びに行くという話をすると、一緒に行ってもいいかと訊いてきた。
 初めは息子が喜ぶので、遊び相手という感じだった。遊園地に行くこともあれば、ショッピングモールの時もある。彼女の存在が当たり前のように思えるようになり、少し距離を置いた方がいいのではないかと思った頃だ。
 彼女が“好きです宣言します”とメールしてきた。

 何も聞かなかったようなふりをして過ごしてきたが、ある日、一人の男性が来店した。彼女の父親、鏑木瑞稀だと名乗った。
 いつか、こんな日がくるかもしれないと思っていた。彼をこちらの予定に巻き込んでしまうことに躊躇いはあったが、息子を放ってはおけない。保育園の時間を延長することはできるが、ありのままを知ってもらう方がいいと考え、そのままを告げた。彼は一緒に付き合うと応えた。

 息子を迎えに行った後、彼の車に乗せてもらって少し離れたスーパーに行った。その姿を見ていると、この人もデキる人だと分かる。買い物は慣れている人間にしかできない。
 帰宅し座っていてくれと言っても、一緒に作ろうとキッチンに立った。子供用は無理だから酒のつまみを作ると言ったが、息子も一緒に食べられるものが食卓に並んだ。

 途中、酒を取りに行き戻ると彼は息子と約束をしている。
 何の話だろうと思ったら、虫を捕りに行くのだと言う。そして告げられた。
「今度の休み、泉と二人で出かけてこい。光流君は俺が預ろう」
 刹那、泉の顔が浮かんだ。
「いえ、それはちょっと」
「いつも三人なんだろう。一度、二人きりで向かい合った方がいい。それで色々考えてくれ」
 親の顔だった。
「ありがとうございます。ただ、こいつを誰かに預けたことがなくて、当日泣き出したら中止ということでいいですか」
「承知した」

「おじちゃん。お風呂、入ろうよ。作戦会議の続きしよ」
「何だ。作戦会議というのは」
「おじちゃんと男の約束なんだ」
 何だかよく分からないが、風呂は無理だろう。しかし彼はいいよと言いながら息子と手をつなぎ、入れてくると居間を出て行く。
「あの」
「心配するな。泉もよく入れたよ」
 そうですか。では、とタオルの用意をした。新品の下着はあったかな。
 それから息子を寝かしつけ、彼と久しぶりに本格的に酒を飲んだ。年の差は感じなかった。人間としていい人だった。
 そして深夜、車は後日取りに来るとタクシーを呼んで帰って行った――。

 そして二人で出かけた。一般的に言ったらデートだな。
 子供がいないということは、こんなにも身軽なことだったのかと改めて思った。彼女は何も言わない。でも本当は二人で逢いたいと思っているだろう。やっぱり、もうやめた方がいい。もっと彼女に似合いの人がいる。年齢的にも自分より、もっと近い男が。
「今日は早く帰ってカレー作りましょうね」
「えっ」
 まだ十分早い時間だった、これから映画を観られるくらいには。
「カレーって」
「今日は私の両親もご一緒するんですよね。きっと賑やかですよ。そういう時はカレーが一番です」
 そう言って笑った泉を愛おしい、と初めて痛感した瞬間だった。

 カブト虫やクワガタ虫を見たと喜んで帰宅した息子と、あちらの家族との食事は確かに賑やかだった。まさかお母さんが一学年下だとは思わなかったが。
 その翌日。
 修和は勇気を出して、息子にママが欲しいかと聞いてみた。あいつは一目散に仏間に駆けていき、位牌を指した。ママは此処にいるという言葉と共に。

 修和はこれまで、母親のことを何と話してきたっけと思い出そうとした。光流は物心がつく前に母親を亡くし、保育園で聞いてきた『ママ』という言葉をどう解釈したのだろう。
 毎朝、お線香をあげに行く光流は、母親に会いに行っていたのだろうか。
 泉とは友達だと思っている。
 どうしたものかと思い、結局、鏑木瑞稀に連絡をした。彼は再び我が家を訪れた。
 何故か、光流は彼に懐いた。食事をし風呂に入り、今回は布団にまで連れて行った。そして深夜、二人で日本酒を開けた。強いんだよな、彼は。前回、飲んだ時に思い知らされた。しかし、こんな話は酒の勢いを借りなければ難しい。

 鏑木は、君の気持ちは分かると言ってくれる。彼自身は高校生がすぐに大学生になったというが、奥さんが修和より下なのだから二十近く違うことになる。その上、こちらには光流がいる。問題はこちらの方が多いだろう。
「ご両親は何と言ってるんだ」
 当然の問いだろうな。でも、まだ泉にも話していないのでと前置きして告白した。
 親はいない。亡くなった妻の親もいない。親戚を探せば何処かにいるのかもしれないが、付き合いはない。住んでいる古い一戸建ては妻の親の遺したものだ。自分の親は所在不明というやつだ。

「助けてくれる人はいなかったのか」
「はい」
 近所の保育園の園長が近くに住んでいなければ会うこともなかっただろう。運が良かったのは、その人に会えたことだと思う。
「行政は」
「女が一人で育てるのと、男親では違うんですよ」
 違う意味で助けてくれたのは職場の仲間だ。土日を休みにし、夜間シフトから外してくれた。どうしても人が足りない時は光流を連れて店に行く。すると休憩のスタッフが代わる代わる面倒を見てくれるのだ。
「確かに職場を見ると、チェーン店の筈なのに良い店だなと感じたよ」
 鏑木のそんな言葉が嬉しかった。
「泉は君のそんな人柄に惚れたのかもしれないな」
 皆んなが協力してくれるのは修和を慕っているからだろうという。
 学生のバイトもいる。皆んなが協力するというのは本来、ありえないような話だと言われた。
 確かにそうだな。

「ただ男と女の話は別だ」
 彼は自分自身が年の離れた女と付き合ったから、年齢を理由に反対はしないと言った。今の時代、後見人がいないことも関係ないとも。
「だが子供だけは別だ」
「はい」
「光流君が、ちゃんと理解をして認めてくれなければ結婚は駄目だ。ただの友達でいいという選択も泉には残酷だろう。覚悟を決める時期がきたんじゃないか」
 そう言った鏑木の視線は、修和を射抜いた――。


【了】 著 作:紫 草 
 

ニコッとタウン内サークル「自作小説倶楽部」2019年8月小題:逢瀬(恋)

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