韓流時代小説 炎の王妃~月明かり染まる蝶~別離を告げられた私より、告げた彼の方が辛いはずだわ- | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説

 炎の王妃~月明かりに染まる蝶~

 (原題 「哀しみの花~炎の生涯 張玉貞~」)

  第二話 月の涙

-好きになった男が王様だったら、貴女はどうしますか?-

 

 

史実を元にしたフィクションです。作品の内容が史実や当時の政治情勢と必ずしも一致するとは限りません。あくまでも時代ファンタジーであることをご理解の上、ご覧下さいませ。

 

  激動の時代を炎のように駆け抜け、波乱の生涯を懸命に生き抜こうとした少女がいた。

 

~特別尚宮となったオクチョンにとって、スン(粛宗)の妃としての生活が始まった。
 スンの正妻である仁敬王后との確執、更にはスンの生母明聖大妃から向けられる烈しい憎悪にも拘わらず、オクチョンは懸命に理解して貰おうと努力する。
 だが、オクチョンは王妃を呪詛しようとしたという罪で捕らえられ―。
 スンとのしばしの別離、国王の唯一の〝寵姫〟となった彼女を数々の試練と困難が襲う。~

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 スンがオクチョンの殿舎を訪ねたのは、数日後の夕刻だった。その間、彼からまったく音沙汰がなく、ミニョンなどは気を揉んでいたのだ。
 だが、オクチョンは、いつものようにゆったりと時間を過ごしていた。
 スンなら、大丈夫。オクチョンは彼を信頼している。その信頼は愛とも呼べるものだ。スンと自分は誰にも阻めない強い絆で結ばれているから、どんなことがあっても彼を信じられる。
 彼が来ないのは、何か相応の理由があるからだ。ならば、オクチョンは彼を信じて、その訪れを待てば良い。
 若い身体は回復も早い。しかも拷問が本格的に始まる前にスンが救い出してくれたため、身体に受けた損傷もさほどではなかった。
 翌日はかなりの痛みが続いたものの、医官が処方してくれた塗り薬と煎じ薬が効いたものか、二日目には自分でも愕くほど痛みが引き、三日目には嘘のように治まった。
 粛宗が姿を見せたのは、まさにその三日めだ。
「尚宮さま、殿下がお見えです」
 当人のオクチョンよりお付きのミニョンの方が喜色満面で報告してくるのに、オクチョンは笑った。
「ミニョンの方が何だか嬉しそうね」
 ミニョンは生真面目に応えた。
「当たり前です。いつも申し上げているように、後宮の女人の立場は常に殿下のご寵愛によって決まります。殿下のご寵愛がなくなり、こちらへのお渡りが間遠になったりでもしたら、尚宮さまにとっては一大事ではありませんか。尚宮さまの大事は私の大事。ゆえに、我が事のように嬉しいのです」
 スンがオクチョンの居室に入ると、申尚宮とミニョンは入れ替わりに退室する。室内には既に小卓が用意され、香草茶と揚げ菓子が皿に盛られていた。
「このような時間にお渡りになるのは珍しいですね」
 畏まって言うと、スンが眼を剝いた。
「どうした、いつもの威勢の良いオクチョンはどこだ? 義禁府の役人に頭でも打たれたか?」
「まっ、言うに事欠いて失礼ね」
 オクチョンは微笑んだ。
「本当の私は、こんなに淑やかなのよ」
「そうか、まあ、いかにも王の妃に相応しき態度ではあるな。さりながら、そなたには似合わぬ」
「ねえ、スン、三日ぶりに顔を見たというのに、あなた、さっきから失礼すぎることばかり言ってない?」
 オクチョンが軽く睨む。スンは破顔した。
「済まぬ。だが、俺はいつもの元気の良い馬のようなそなたの方が好きだぞ」
「う、馬」
 オクチョンは絶句した。美麗な面をしている癖に、スンは時々とんでもないことを言う。馬に例えられて歓ぶ年頃の娘はそうそういないだろう。
 だが、オクチョンは知っている。スンは妃候補として時折、父親である官僚に連れてこられる両班家の令嬢にはとびきりのお世辞が言えることを。
 面立ちも凛々しく美男の若い国王から
―あなたは花のようにたおやかで美しい。
 と囁かれた令嬢たちが魂を抜かれたようになり、頬を上気させて国王に見蕩れるのはいつものことである。
 とはいえ、その後、大妃から幾ら催促されても、スンは二度と同じ令嬢と会おうとはしなかったし、新たな妃を迎えるとも言わなかった。
 要するに、気のない女に対してスンはとても愛想が良いし、笑顔を振りまく。
 こんな風に言いたい放題を言うのは、オクチョンに対してだけだ。オクチョンはスンが自分には心を開いて素顔を見せてくれるのがとても嬉しい。だから、いつもながらの戯れ言も平気で受け流せる。
「馬で悪かったわね」
 オクチョンがむくれると、スンが笑った。
「馬でも艶のある毛並みの美しい極上の馬だぞ」
「スンったら、そんなことを言われても、女は歓ばないわよ。女心を摑むなら、もう少し科白を選ばないと」
 上座に座ったスンに手招きされ、オクチョンは側にいった。少し間を開けると、促すように隣を示される。少し間合いを詰めると、すぐに抱き寄せられた。
「そなたの心を摑む必要はない。何故なら」
 背中に回された手に力がこもり、唇を奪われた。
「そなたの心はもう俺だけのものだと知っているから」
 直裁な言葉に、オクチョンは頬を染めた。
「まだ外が明るいのに、恥ずかしすぎるわ」
「そうか?」
 スンのオクチョンを見つめる眼は限りなく優しい。
「オクチョン」
 スンが彼女の眼をのぞき込んだ。彼女が大好きな百万の夜を宿した瞳が揺れている。刹那、オクチョンは悟った。
 スンは重大な話をしにきたのだ。オクチョンは微笑んだ。
「スン、こんな時間にあなたが来たのは何か話があるからじゃない?」
「―」
 スンが苦しげに眉根を寄せた。オクチョンはいっそ優しげな声で言った。
「あまり良い話ではないのね」
「オクチョン、俺は」
 言いかけたスンの唇にオクチョンは人差し指を当てた。先刻、オクチョンの唇を烈しく奪ったその唇に。
「スン。私の眼を見て」
 そっぽを向いたスンが不承不承視線を戻した。彼の腕の中で黒瞳を見上げ、オクチョンは言った。
「私はいつでもスンの幸せだけを考えているわ。あなたが困っているところを見たくないの。だから、お願い、話してちょうだい」
 スンが泣き笑いの表情で言った。
「参ったな、オクチョンは何でもお見通しらしい」
―何故なら、それは私があなたを大好きだからよ。
 オクチョンは声にならない声で呟いた。
 スンはオクチョンを膝に乗せ、彼女のほっそりとした腰に両腕を回す。
「俺のオクチョン」
 スンの温かな吐息が耳朶やうなじをくすぐり、鼻が艶やかな彼女の髪に押し当てられた。
「良い匂いがする。初めて逢ったときからずっと、オクチョンは花の香りがするんだ」
「ねえ、スン、話して」
 更に促せば、スンが洟を啜る音がした。
―また泣いているのね。
 オクチョンはスンがこれから話そうしている内容が想像以上に深刻であるのを理解した。
「この体勢の方が良い。そなたの顔を見ずに話せるから。俺はつくづく臆病で卑怯な男だ」
「そんなことはないわ。いつだってスンは私を守ってくれるじゃない。三日前だって、義禁府まで来てくれたもの」
 しばらくスンから声はなかった。オクチョンは彼が話し出すのを辛抱強く待った。
 永遠にも思える時間の後、唐突に彼が沈黙を破った。
「オクチョン、しばらく後宮を離れてくれないか」
「―」
 今度はオクチョンが黙り込む番だった。良くない話ではないと覚悟はしていたけれど、よもや出ていけと言われるとは正直、考えていなかったのだ。
「済まない」
 スンが振り絞るように言った。
「本当に済まない。俺の力がないばかりに、そなたにこんなことを言わなければならなくなった。俺がどれほど残酷なことを言っているか自覚はある」
 スンと離れて暮らさなければならない。今の立場や贅沢な暮らしを失うのは怖くも何ともない。だが、大好きな男と会えなくなるのはあまりに辛すぎる。
「しばらくって、どれくらい?」
 眼に熱いものが溢れる。
「一ヶ月、それとも一年? もう逢えないの?」
 オクチョンは涙声で続けた。