韓流時代小説 炎の王妃~月明かりに染まる蝶~妾の前で妻の話は禁句よ-彼に言ってやりたかったけれど | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 炎の王妃~月明かりに染まる蝶~

    第三話  恋心

 

☆ ~スン、私、あなたを好きになりすぎてしまったみたい~

側室最高位にまで上り詰めたオクチョンだったが、その出自ゆえに偏見をもって見られるのは依然として変わらない。
 唯一の理解者であったスン(粛宗)に心の変化が? スンが政略結婚で結ばれたイニョン王妃を大切にするのは、彼の優しい性格によるものだと信じていたのに、どうやら粛宗は王妃を一人の女として愛しているようなのだ。 
 ―大好きな彼の眼に映じるのは、私だけじゃなければ嫌。
 粛宗の心が王妃に傾いてゆく分だけ、オクチョンの粛宗への恋情は深まってゆく。スンを好きになりすぎたオクチョンの心に次第に王妃への妬みが生まれ―。
 そんな中、月の美しい夜、粛宗は美しいムスリ(下級女官)の娘に出逢うのだが―。
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    孤独な選択

 

 翌月、禧嬪張氏の産んだ第一王子イ・ユンの立太子礼が厳かに行われた。都漢陽は、桜が美しく咲きそろう季節になっていた。
 いまだ明聖大妃の喪中のため、国王以下、朝臣一同も皆、喪服姿という一種異様な中での世子冊立に、当初は異を唱える者たちも多かった。けれども、粛宗は断固として己れの意思を貫いた。
 これまで禧嬪張氏所生の王子を世子に立てるのを猛反対していた人物―大妃が亡くなったのを潮に、愛息子の世子冊立を熱望していた王が事を急いだのは誰の眼にも明らかであった。
 ただ、誰もが不審に思ったのは、無事世子冊立の儀式を終え、百官打ち揃っての祝福を受ける場に国王はともかく、王妃の姿が見えなかったことである。
 本来、国王の隣に立つべきなのは側室である禧嬪張氏ではなく、正室たる王妃である。なのに、何故、王妃ではなく禧嬪張氏がいたのか? 様々な憶測が乱れ飛んだが、真実は不明のままだった。
 何しろ、粛宗の禧嬪に対する寵愛は今もって厚い。更に禧嬪を眼の敵にしていた明聖大妃もいなくなった今、現王のただ一人の王子の生母禧嬪の存在は王妃を凌ぐほど大きなものとなりつつあった。
 粛宗の隣には禧嬪が寄り添い、当然のようにその腕にはまだ赤児の王子が抱かれている。禧嬪もやはり喪服姿であったが、その静かな表情から彼女が何を考えているのかを知ることができる者はいなかった。
 これをもって、ユンは正式に認められた朝鮮国の世継ぎとなる。

 ふうわり、眼の前を薄紅色の小さな花びらが流れてゆき、オクチョンは眼を細めた。
 今、都はどこかもかしこも桜が満開で、それこそ薄紅色の靄に包まれたようだ。広い宮殿の庭園にも桜が一斉に開き、脚を向ければいつでも花見を堪能できる。
 その日、オクチョンはユンを連れ、申尚宮とミニョンと共に庭園を散策した。ミニョンがユンを抱き、静々と後ろから付いてくる。もちろん、世子となった息子には専任の保母尚宮がついている。保母尚宮は乳も豊かに出て、子育ての経験のある女官が抜擢される。
 しかし、こうして母子水入らずで過ごすときには保母尚宮ではなく、オクチョンの信頼厚い申尚宮かミニョンがユンの世話係を務めていた。
 世子冊立の儀式は、つい数日前に滞りなく終わった。大妃の突然の崩御から一ヶ月を経て、漸くスンを初め、王妃、側室であるオクチョンも喪服から普段の装いへと戻った。
 世子冊立の儀式について、皆が何と噂しているかはオクチョンも知っている。
―何故、殿下のお隣に中殿さまではなく、禧嬪張氏が立っているのだ?
 あのときの百官のオクチョンを見つめるまなざしは忘れようとしても忘れられるものではない。愕きの次には耐え難いほどの侮蔑が壇上に立つ自分へ向けられてきた、あの瞬間。
 事の起こりは実に呆気ないものだった。ユンの立太子が本決まりになったとオクチョンに知らせたのは他の誰でもない、粛宗―スンその人だった。
 オクチョンがどれだけ歓ぶかと意気揚々とやってきたスンは、正直、母親を喪ったばかりだとは思えないほどの浮かれ様であった。オクチョンが伝え聞く限り、スンは母の死を身も世もないほど嘆き、大殿にも戻らず亡骸に付き添い続けたという。
 本来なら、嬪という正室に準ずる高位の側室にして唯一の王子の生母という立場ゆえに、オクチョンは大妃の弔問に真っ先に駆けつけるべきであった。けれど、故人がどれだけ自分を憎んでいたかを知るオクチョンは、弔問には敢えて行かなかった。
 代参に申尚宮を差し向けたのだが、そのことがまた非難の的となったのだ。
―殿下の母君の崩御に際して弔問にも訪れぬとは、何さまのつもりであろう。
 禧嬪張氏の増上慢がここでもまたひとしきり取り沙汰された。
 オクチョンは、とんだお笑いぐさだと内心、笑ったものだ。大妃が我が身を嫌っていたのは知っている。一度は宮外に追い出されたばかりか、前王妃呪詛というありもしない罪を着せられ生命まで奪われるところだったのだ。そこまで嫌われていたオクチョンが今更、殊勝な顔で弔問にいって、大妃が歓ぶはずがない。むしろ、勝ち気な大妃のことだから、オクチョンへの怒りのあまり、あの世から舞い戻って生き返りそうだ。
 もっとも、生き返れば、それはそれでスンは歓ぶだろうが。そこまで皮肉げに物を見ずにはいられないほど、大妃には虐げられた。何も悪いことをしたわけでもないのに、スンに愛されたというだけで一方的に憎まれ貶められたのだ。
 ゆえに、オクチョン自身に大妃の死に対して片々たりとも哀しみはない。愛する男の大切な母親だから、むろん、歓びはしない。そもそも人の不幸を歓ぶという思考回路自体がオクチョンにはない。
 母を喪ってのスンの悲嘆ぶりは知っていたから、十日ぶりに訪れたスンが意外なほど元気なのに、かえってオクチョンは愕いたほどだ。それでも仮にも姑に当たるひとなので、型どおりのお悔やみは述べた。
 が、スンはお悔やみもそこそこに、いきなりユンの世子冊立の話を始め、オクチョンを愕かせた。
 まあ、そこまでは良かった。スンがどれだけ哀しみに沈んでいるかとむしろ心配していたのだから。だが、突然、世子冊立の話を始めたかと思えば、次は王妃の話ばかりが続いた。本人は恐らく意識してはいないのだろうが、とにかく、〝中殿、中殿〟と王妃のことばかりだ。
 ただ、その話は殆どが大妃の通夜や、葬礼に関することばかりだった。自分は大妃に嫌われていたからと弔問にも行かなかったのだし、王妃は正室なのだから、こういった儀礼の場合も王妃がスンと一緒に喪主を務めるのは当然だ。ゆえに、二人が共に時間を過ごすのも何も色めいた理由があるからではない。
 にも拘わらず、何故か、スンの口から〝王妃が、王妃が〟と出る度に、オクチョンは嫌な気持ちになった。母の死でうちひしがれていたというスンがここまで短期間で元気になったのも、その裏には王妃の存在があるように思えてならない。
 現にスン自身が
―中殿がいてくれたお陰で、哀しみを乗り越えられた。
 はっきりと明言したのだから、間違いはないのだろう。
―側妾の許に行った時、正室の話は禁物よ。
 できれば言ってやりたいが、流石にそれはできなかった。スンはこの国の王だし、ましてや、国王でなくても妾にそんなことを言われて歓ぶ男はいないだろう。
 だから、オクチョンもつい意地になってしまった。世子冊立の儀式で壇上に立つ順番の話になった時、つい強い口調で言ってしまったのだ。
―ユンを抱くのが中殿さまだなんて、おかしいわ。
 理性的に考えれば、国王たるスンが中心で、その隣が王妃、更に次がオクチョンというのが妥当だろう。更にいずれユンの嫡母になる王妃がユンを抱くのも筋が通る。けれども、あまりにスンが王妃の話を嬉しげにするので、オクチョンも意固地になった。
 オクチョンの指摘に、スンは鼻白んだ表情を見せた。
―それぞれの立場を考えれば、それが妥当な気がするがな。
 オクチョンは更にいきり立った。
―それぞれの立場って、どういう意味? 中殿さまが正室で、私がただの妾にすぎないっていうこと? 妾妃だから、我が子を腕に抱く資格がないとでもいうの!
 悔しさに涙さえ滲ませて、オクチョンは抗議した。
―そういう意味ではない。そなたを貶めようとしたわけではないんだ。気分を害したのなら、悪かった。誤解するな、オクチョン。
 スンはすぐに謝ってくれた。それでも、オクチョンは意地を張り続けた。本来なら、ここで引くべきだったのだ。スンは誰にでも区別なく話しかけ親しみやすい王として知られてはいるが、国王

としての決断を下すときは容赦ない王として知られる。