小説 臆病なシンーアラサー女子、私の彼氏は17歳〜定時退社しますー注意した新入男子社員に号泣され | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 臆病なシンデレラ~アラサー女子、私の彼氏は17歳~

出逢った時、私は31歳、彼は17歳の高校生。
たくさん悩んで、いっぱい泣いて、大好きな彼のことを諦めました。
こんな私があなたを好きになって、良いですか―?


そして、今年のクリスマスもまた、私は一人で過ごすことになるんだろうな、きっと。

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 その申し出を聞いたときも、義父は何も言わず受け入れてくれ、早苗が短大を出るまで学費を三分の二を負担してくれた。実の父母よりも歳が十六歳しか違わない義父が早苗にとって最も〝親らしい〟人だった。
 圭輔はけして高サラリーではない。それ以上の無理は言えず、早苗もまた求めるつもりはなかった。後の学費や生活費はバイトの掛け持ちと奨学金でまかない、早苗は無事、短大を卒業した。学費と生活費をまかなうために始めたバイトの一つが就職先となったリンデンバーグ社であったというわけだ。
 圭輔もつくづく苦労する人だと思わずにはいられない。仮に中学時代から付き合っていたという彼女と予定どおりに結婚していたら、きちんと大学も卒業していただろうし、いまだに年老いた両親と絶縁状態ということもなかったはずだ。
 母は早苗が家を出るときもまだ妹を子役にするという途方もない夢に執念を燃やしていた。早苗は芸能界にもさして関心はないので、詳しいことは知らない。が、香奈子と母を間近で見ていれば。嫌でも多少は知識が入ってくる。
 タレント志望の子は次々とオーディションを受けまくる。映画だったり、歌手だったり、コマーシャル、美少女コンテスト、とにかく何でも良いから受ける。オーディションを一回受ける毎にまず応募写真撮影からお金がかかる。普通にデジカメで適当に撮すのではなく、写真館でプロに応募写真用に撮して貰うのだ。
 普段着る衣装もアイドル並みに気を遣い、十八歳の早苗よりよほど小学生の香奈子の方がメークもしてモノトーンのファッションに身を包み大人びていた。オーディションは東京とか大阪とか大都会で行われるから、交通費もかかる。その度に、母は自分も女優並みに着飾って香奈子に付き添って出かけた。
 それでも、〝オーディションに合格するのはほんの一握り〟と言われる厳しい世界だ。結局、香奈子はタレントにはなれなかった。オーディションには落ち続け、たまに合格しても映画の端役の端役―ヒロインと同じクラスの女の子役で、教室のシーンで顔がチラリと二度ほど映るくらい、コマーシャルの通行人といったところだ。
 タレントには箔も必要だと、無理をして私立の有名大学にも入れたが、一年も満たずに退学した。テニスサークルで知り合った二つ上の男の子と恋愛し、妊娠した。実父との馴れ初めもどうやら圭輔と同じような手を使ったらしいと早苗は薄々知っている。
 二度もできちゃった結婚をした母を持つ妹は、ついに自分まで出来婚をすることになった。香奈子もこの頃には、自分はタレントどころか脇役にもなれないと判っていたようで、母の執拗な束縛と監視にうんざりしていた。
 案の定、母は香奈子の妊娠を知り激怒した。
―堕ろしなさい。
 香奈子を殴りつけようとしたのを止めたのは、義父圭輔だった。
―止めろ。もう良い加減にしないか。お前のつまらない見栄で子どもを振り回しているのが判らないのか? いつまでも甘い夢を見るのは止めるんだ。
 母はワッと泣き伏し、香奈子はそのまま家を飛び出し、恋人のマンションに転がり込んだ。だが、香奈子の人生にとってはその方が良かったのだ。
 今では香奈子の恋人は大学を卒業し、一流商社マンとなっている。妊娠発覚後に入籍した二人は、今では一男一女を儲けて落ち着いた暮らしを営んでいる。香奈子の産んだ上の女の子瑠璃香は今年、五歳になった。母は懲りもせず今度は、その孫を子役タレントにしようと奔走している。まったく、懲りない人である。早苗は義父が気の毒になるくらいだった。
 香奈子が大学に入り妊娠するまでは、早苗も母からの無心で、〝アイドル活動〟の支援をさせられた。流石に短大時代は言ってこなかったが、社会人になってからは何度も〝妹が女優になるための投資〟とやらをしたのだ。
 香奈子が十八歳になるまで、それは続いた。リンデンバーグ社が有名企業だとはいえ、早苗はまだまだ新米だ。サラリーもたいしたことはないのに金の無心は正直辛かったけれども、母に逆らうよりは金を渡した方がはるかに気楽だと知っているから、求められるだけは渡した。
 母という人は一度言い出したら、引くことはない。自分の要求を叶えるまではテコでも引かない。今となっては早苗は我が儘で破天荒な母をずっと見守り続けた義父に感謝する想いだ。まるで現実を認識できていない母も、男を見る眼だけは確かであったのかもしれない。
 流石に孫をタレントにするための〝支援〟までを早苗に求めてはこないから、助かっている。だが、そのことで、香奈子の夫の琢磨とは意見が対立しているようで、琢磨に言わせれば
―お義母さんはやり過ぎだ。
 と言う。元々、琢磨は堅実な考えの男なので、義母が瑠璃香を子役にというのも気に入ってはいなかったらしい。昔よりも今は更にオーディション一つ受けるにも資金が要る。そのすべてを琢磨に求めるのだから、琢磨も堪ったものではないだろう。
 母と夫の間で、香奈子も気苦労が多く、そのせいでというわけでもないだろうが、先頃は第三子を妊娠四ヶ月で流産してしまった。琢磨の機嫌は余計に良くない。
 男といえば、自分の言うなりになる圭輔しか知らない母は、娘婿の態度を〝なってない〟と激高しているが、なってないのはどちらなのか、早苗は娘として義弟に合わせる顔がない。
「津森君」
 身元で名を呼ばれ、早苗は飛び上がった。
どうやら、長い物想いに耽りすぎていたようだ。
「どうしたんだね。さっきから、ずっと呼んでいるだが」
「あ、済みません。ちょっと考えごとをしていましたもので」
 気が付けば、総務部長の竹脇が眼前に立っている。
「どうした、最近、仕事でミスが続いているというじゃないか。三村君が心配していたぞ」
 三村祥子は部長の秘書と総務部員を兼ねている。今年、四十のベテランだ。きつい印象を与えるが、なかなかの美人なのに、恋人もいないし未婚である。中には
―三村さんは竹脇部長の愛人。
 などという噂もあるが、少なくとも社内で見かける二人の様子には疑惑を持たれるようなところはない。
 とかく会社という場所は、社内の誰それと誰これが恋愛中だとか不倫中だとか、無責任な噂が生まれがちだ。
 祥子は見た目どおりに物言いも平坦で、仕事に関しては厳しい。今年春にも、新入社員の男子学生が祥子の叱責を受けて号泣するという事件があった。その社員はほどなく退社した。鬱になっていたという噂もあり、流石に社長に呼ばれて直々に祥子も諭されたといわれている。
 早苗は三十一、祥子よりは九歳下だけれども、早苗でも最近の若い子は自分とはまったく考え方も認識も違うと思っている。型破りというのか、責任感がないというのか。
 言われた仕事が最後まできっちりとやり遂げられない。注意すれば
―五時退社だから。
 と、口答えする。誰だって、定時には帰宅したい。しかし、できないのが哀しいかな、サラリーマンの現実なのだ。それが判らないなら、さっさと止めてしまえと言いたいところだが、それをやると、祥子の二の舞になりそうだ。