ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

江戸の月見

2018-09-16 19:27:36 | 日記
 今年は災害が多いですね。日本はどうなってしまうのだろうと心配になりますが、北海道地震で被災された皆様には謹んでお見舞い申し上げます。冬が来る前に生活の基盤が整えられ、日常が取り戻せるよう願ってやみません。


 今日は少し暑かったようですが、それでも大分涼しくなってきましたね。もうすぐ秋のお彼岸。そして秋分の日の翌日は十五夜です。そろそろお月見の季節。昔はすすきをとってきて、お団子と一緒にお供えしたものですが、最近は月を見ることさえも忘れてしまうことがあります。スーパームーンの時にはメディアも大騒ぎするので写真を撮ったりしましたけれど、今年はどうなんでしょうか。


 そのお月見、風流を愛する平安貴族のものだとばかり思っていたのですが、江戸時代にも盛んだったんですね。庶民生活が豊かになってくると庶民の間にも広がり始め、お供え物としてすすきを十五本または五本、そして米粉の団子十五個がきまりでした。一家で仲睦まじく団子を作り、一人十五個ずつ食べたそうです。団子を軒先に飾っておくと、近所の子供たちが長い棒きれやお箸などで突いて盗んでいきます。たくさん盗まれるほど縁起がよいとされていたので、誰も咎めません。公然と盗めるものだったんですね。


 十五夜が終わると次は「十六夜(いざよい)」、十七日は立って待っているうちに出てくる「立待月(たちまちづき)」、十八日が「居待月(いまちづき)、座敷で待っているだけで月がでますが、横になって待たなければならないほど月の出が遅くなるのが十九日の「臥待月(ふしまちづき)」です。江戸の月見はこれだけで終わりません。最も賑わったのは「二十六夜待ち」で、午前二時くらいに出てくる月を待つんですね。屋台や月見舟が出て、どんちゃん騒ぎをしながら月が出るのを待ちます。曇りで見えなければ「無月(むつき)」、雨で見えなければ「雨月(うげつ)」といい、月が見えなくても夜更かしを楽しみました。

 要するに、江戸の月見は花見同様、飲んで食べて騒ぐものだったようです。

 愛宕山の秋の月(英泉画)

 玉川秋月(広重画)


 江戸から少し離れましょう。「月見れば…」(マイブログ)にも書きましたが、月は人に物思いをさせるもの、そして忘れていた人を思い出させるものでもあります。
 月を見し 去年(こぞ)の今宵の 友のみや 都にわれを 思い出づらむ(平忠度)

 西行にも「嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな」というのがあります。嘆けといって月は物思いをさせるのだろうか。そうではないのに、月のせいにして流れるわが涙よ。というように月は人に物思いをさせ、涙を流させるものと考えられていた時代がありました。センチメンタルかもしれませんが、そんな月も私は好きです。


 スマホを見ながら下を向いて歩く時代では、夜空を見上げ、月を見て、人を思い出すことなんてないかもしれませんが…。


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