武弘・Takehiroの部屋

万物は流転する 日一日の命
“生涯一記者”は あらゆる分野で 真実を追求する

文化大革命(2)

2024年03月09日 02時39分39秒 | 戯曲・『文化大革命』

第三場(10月上旬の某日。 北京・中南海にある毛沢東の居宅。毛と江青)

毛沢東 「先日の中央委員会の時には参った。陳伯逹らの言うとおりだったな。 わしが一声あげれば、大抵の連中はわしの言うとおりになると思っていたが・・・失敗だった」

江青 「あなたが倒れたので、私はもう駄目かと思いました。でも、よく回復してくれましたね」

毛沢東 「わしは、つくづく自分が情けないと思う。もう、北京にいては何をやっても上手くいきそうにない。 この北京では、確かに“水一滴も通さず、針一本も刺せない”という状況だ」

江青 「でも、あなたは数日で健康を回復しました。元気を出して、やり直そうではありませんか。中国の人民大衆は、今でもあなたの味方のはずです。 それに、なんと言っても、林彪国防部長はあなたに忠誠を誓っています。林彪部長さえ私達に味方してくれれば、人民解放軍の後ろ盾で、劉少奇らを必ず打ち倒すことができるでしょう」

毛沢東 「そうだ、問題は林彪だ。林彪さえ抱き込めば、必ず勝てると思う。 いいか、江青、お前は近い内に林彪の所に行ってくれ。そして、こう言うんだ。『毛主席の後継者はあなたです』と。 そうすれば、林彪はますますこちらの味方になってくれるはずだ」

江青 「それは良い考えです。機会を見て、できるだけ早く林彪部長の所に行ってみましょう」

毛沢東 「それだけではまだ足りない。林彪を完全にこちらの味方にするためには、『劉少奇を倒した暁には、いずれ党の正式会議で、あなたを後継者に決定し、それを党の綱領の中に明記する考えです』と言ってやれ」

江青 「えっ、そこまで林彪部長に約束するのですか。 そんな思い切ったことは、今まで聞いたことがありませんが・・・」

毛沢東 「いや、いいのだ。そう言えば、あの男は感激してのぼせ上がり、完全にわれわれの味方になってくれるはずだ。 林彪は、確かにわしに忠実な男だが、国防部長になってからというもの、野心に満ちあふれてきた。 あの男は、劉少奇や周恩来に相手にされていないから、わしの権威と名声に頼るしかないのだ」

江青 「なるほど、分かりました。それでは、あなたの言ったことを、バラ色の夢のように彼に吹き込んでやりましょう」

毛沢東 「それにもう一つ、お前に嫌なことをお願いしなければならない」

江青 「なんでしょうか、その嫌なこととは」

毛沢東 「王光美の所に行って、わしが病気療養のため、杭州へ行くことを許可してくれるよう、劉少奇に取り次いで欲しいと頼んでくれ」

江青 「えっ、私が王光美の所に行って、そう言うのですか。あの高慢ちきな女に、そう頼むのですか」

毛沢東 「そうだ、そうしてくれ」

江青 「いやです、それだけはいやです!」

毛沢東 「江青、お前が嫌がるのはよく分かるが、この北京にいては、わしは何もできないのだぞ。 お前があの女に頭を下げるのは耐えられないだろうが、大事の前の小事だ。韓信の股くぐりだと思ってやってくれ。

 わしが北京を脱出するには、それ以外に良い方法はないのだ。病気療養と言えば、劉少奇に疑われなくて済む。 また、王光美を通して頼めば、女房に弱い劉少奇のことだ。必ず、わしを杭州に行かせてくれる。 なあ、江青、頼む」

江青 「ああ、私が王光美に頭を下げる・・・八歳も年下の、あの女天狗に私が哀願するのですか。 以前は、私が中国のファーストレディだったというのに、いつの間にか、あの女が国家主席夫人ということで、ファーストレディになってしまった。 あなた、私は悔しいんです。どうして、あんな女に頭を下げなくてはいけないのでしょうか」(江青、ハンカチで涙を拭う。)

毛沢東 「江青、泣くな。今はただ我慢だ、忍耐だ。必ず、あいつらに思い知らせてやる時がくる。その時までの我慢だ。 お前のその無念さを、その屈辱を胸の奥にしまっておけ。そうすれば、必ず屈辱を晴らす時がやってくるのだ。 わしのたっての願いだ。頼むぞ、江青」

江青 「分かりました、やってみましょう。できるだけ哀れっぽく、慈悲にすがるように、うやうやしくやってみましょう。 そうすればそうするほど、私の胸の奥深くに、抑えがたい復讐心が宿るようになるでしょう。 私が傷つけば傷つくほど、私はその傷口をなめながら、あいつらへの敵がい心を育むことになるでしょう」

毛沢東 「よく言った、江青。 わしが首尾良く、杭州から上海の方へ脱出できた暁には、態勢を整えて、林彪と共に、再びこの北京に攻め上ってくる時が必ずくる。いま一時の辛抱だ。 いいか、戦いはすでに始まったのだ。

 しかし、敵であるあいつらは、まだ来るべき戦いの深刻さに気が付いていない。 それこそ、こちらの付け目というものだ。江青、しっかり頼むぞ」

 

第四場(10月中旬。 北京・中南海にある劉少奇の居宅。王光美と江青)

王光美 「まあ、江青同志、お久しぶりですわね。暫くお会いしていなかったので、どうしていらしたのかと思っていましたわ。 相変わらず、おきれいなこと。でも、お顔の色はあまり優れませんわね。何かあったのでしょうか」

江青 「いいえ、特に。あなたはお元気そうね」

王光美 「ええ、私はいつも気楽なものですから、気が塞ぐこともありませんわ。 ところで、毛主席はお元気ですか。この前の拡大会議の時は、途中で倒れられてしまったので、その後どうなったのか心配していました。 余りにお口が激しくて、私達はもうびっくりしてしまいましたわ」

江青 「あの時は、本当に申し訳ありませんでした。あの人が、あんなに激高したのを見たのは初めてです。 その後、意識は回復しましたが、年のせいでしょうかすっかり意気消沈してしまいまして、身体の方もひどく参っています。

 このまま放っておきますと、もう先も長くないのではないかと心配になり、いま医者に診てもらっているところです」

王光美 「まあ、それは良くありませんわね。お医者さんに十分に診てもらわないといけませんわ」

江青 「ええ、ところが医者の話しですと、どこか南の暖かい所へでも療養に行って、十分に休養を取ることが必要だと言っています」

王光美 「まあ、そうですか。これから寒くなりますからね」

江青 「そこで、あなたに一つお願いがあって、今日ここに参ったのです」

王光美 「なんでしょうか」

江青 「医者の強い勧めもあり、私も夫の弱り果てた身体を見るに忍びないので、南の杭州の方へ転地療養させたいと思っているのですが、その許可を劉主席にお願いしてもらえないでしょうか」

王光美 「まあ、そうですか。でも、毛主席の身柄は、党の正式な承諾がないと、勝手に動かせないことになっていますわね。 それに、主席が北京を離れるとなると、いろいろ健康問題の憶測や、国民への動揺を引き起こすことにもなりかねませんわ。 その点、毛主席はどのようにお考えなのかしら」

江青 「夫は、今さら南の方へ療養に行くのは大儀だし、北京に残っている方がいいと言っていましたが、私や医者が、病身の老人には南の暖かい保養地が一番良いと強く説得しますと、夫もしぶしぶ、それでは杭州辺りにでも行ってみるかと、ようやく気持を変えてきました。 

 そういうことですから、ここはどうか、あなたから劉主席に、夫の杭州への転地療養を許可してくれるよう、お願いしてもらえませんか」

王光美 「そう・・・でも、あなたなり毛主席から、夫に直接、お願いした方がいいのじゃありませんか。別に遠慮もなにもいらないでしょう。 夫思いのあなたの心遣いに、劉少奇もきっと心を動かされるでしょう」

江青 「いいえ、それはとてもできにくいことです。この前の中央委員会の時にも、夫は劉主席のことを悪口雑言の限り罵りました。 あんなにひどいことを言っておいて、夫や私が転地療養をお願いしても、劉主席は気を悪くしておられるでしょうから、とてもお許しにはならないでしょう。 ですから、ここはなんとか、あなたから劉主席に取り次いで頂きたいのです」

王光美 「困ったわ。私にはなんの権限もないし、劉少奇の妻ということだけですから」

江青 「いいえ。 いま劉主席の心を動かせるのは、あなただけです。他の人では、たとえ周恩来総理でも登小平総書記でも、あなたほどには劉主席のお心を動かすことはできません。 お願いです。ここはなんとか、私の心情を察して頂いて、劉主席に取り次いで下さい。どうか、お願いします」

王光美 「そう・・・あなたがそんなにおっしゃるのなら、やってみてもいいけど上手くいくかしら」

江青 「それは上手くいきますとも。 あなたからじかに言ってもらえれば、劉主席は、きっと聞き入れてくれるでしょう」

王光美 「分かりました。とにかくやってみましょう」

江青 「まあ、有難うございます。心から恩にきます」

王光美 「でも、万一上手くいかなくても、悪く思わないでね」

江青 「それは勿論です」

王光美 「では、中へ入って、これからあの人にお願いしてみます。夫思いのあなたには感心しますわ、フッフッフッ。 それでは又、あとで返事をします。さようなら」

江青 「よろしくお願いします。今日のことは、一生忘れません。(江青が一礼すると、王光美は舞台の奥に退場) 忘れるものか! 今日の屈辱は、一生忘れるものか! あの女天狗に、私は犬のように尻尾を振りながら、頭を下げて頼んだのだ。蛙のように這いつくばって、お願いしたのだ。

 上手くいくかしらなどと、思わせぶりなことを言って! 今に見るがいい、今にあのファーストレディを奈落の底に叩き落としてやる。 私が味わった屈辱の、百倍も千倍もの屈辱をあの女に思い知らせてやる!

 王光美よ、その前に、まかり間違って死んだりするな! 私のこの呪いが、天に届いて成就するまでは生きておれ! ああ、これが人の世の現実なのだ。私の呪いが成就しないなら、この私が地獄の釜の煮物にでもなってやる。 なんと情けないことだ。屈辱で胸が張り裂けそうだ。この屈辱を雪(そそ)いでやるまでは、死んでも死ねるものか!」(江青、退場)

 

第五場(10月下旬。上海にある林彪の司令部の一室。林彪と江青)

林彪 「お元気ですか、江青同志。よくいらっしゃいました。毛主席は、ようやく杭州へ脱出できたと聞いていますが・・・」

江青 「ええ、お陰さまで。それが本当に苦労しました。 私が王光美に頭を下げてお願いし、劉少奇の許可を取るよう頼みました。 あの女はすぐ劉に伝えてくれたのですが、今度は劉が登小平や彭真と相談した結果、毛主席の杭州行きは駄目だということになったのです。

 理由は、毛主席が北京を離れることは、その健康問題について、国民に不安と動揺を与えるから、暫く見合わせた方が良いということでした。 主席と私はまったく困ってしまいまして、もうこれまでかと一時は観念しましたが、最後の手段として、周恩来総理を通して劉に頼むことにしたのです。

 そうしたら、どうでしょうか。さすがに周総理でした。 劉少奇とひざ詰め談判までしてくれて、毛主席の健康を考え、短い期間なら杭州行きを認めるという、劉の言質を取ることに成功したのです。

 その間の説得工作の内容はよく分かりませんが、客観的に見ても、周総理は中立というより、われわれの方に好意ある態度を取っていると理解できそうです。 周総理は劉のことを、いつも目の上の瘤(こぶ)と見ている節がありますからね。

 だって、劉はほとんど周総理に相談せずに、もっぱら登小平や彭真と諮って、国政の重要な方針を決めているんですから。 周総理だって、劉少奇のことを内心、面白く思っていないはずです。私はそう思いますが・・・」

林彪 「それは、とりあえず良かったですね。中立顔をしている周総理も、いざとなればわれわれの味方になってくれるでしょう。 ところで、毛主席はいつ上海に来られるでしょうか。お迎えしなければならないのですが」

江青 「林彪部長、それはあなた次第です。 あなたが人民解放軍を上海の周辺に配備してくれて、主席の身辺が大丈夫となれば、主席はいつでもこの上海にやって来ることができます」

林彪 「よろしい。早速、手を打ちます。 主席の身の安全は、私が万全の措置を講じてお守りしましょう」

江青 「有難うございます。それを伝えたら、毛主席も大喜びで上海にやって来るでしょう。 ところで、林彪部長にお話ししたいことがあるのです」

林彪 「いや、その前に、私もあなたにお願いしたいことがあるのだが・・・」

江青 「いえ、これは毛主席からの伝言ですので、先に言わせて下さい。重要なことです」

林彪 「なんですか、その重要な伝言とは」

江青 「これは、絶対に秘密にしておいて下さい。よろしいですか、林彪部長。 毛主席は自分の唯一の後継者に、あなたを指名することを決意しました。そのことを、あなたに伝えるように言われて、急いでここにやって来たのです」

林彪 「えっ、私を主席の後継者に?」

江青 「そうです。毛主席は『後継者は林彪同志しかいない』と、はっきり言われました」

林彪 「おお、それはなんということか。身に余る光栄でなんと言ったらいいのか・・・毛主席は、本当にそうおっしゃったのですか」

江青 「この私が、どうして嘘など言えるでしょう。私は毛沢東の妻です。 そればかりではありません。劉少奇を倒したあと、しかるべき党の決定機関で、あなたを正式に後継者として認めさせ、それを内外に明らかにするということです」

林彪 「本当ですか」

江青 「それだけではありません。 これは私も驚いたのですが、党の綱領の中に、あなたを後継者として明記すると言っていました」

林彪 「えっ、そんなことは前代未聞のことだ! そのようなことを、主席はおっしゃっているのか」

江青 「そうです。ただし、今のところは、これは絶対に秘密にしておかなければなりません。 周総理を始めとするわれわれの陣営の中に、不協和音が出ては困るからです」

林彪 「おお、なんと光栄なことだろう。私が毛主席の後の主席になれるとは・・・私の胸の内の感動を表わす言葉もない。身の震えるような思いです」

江青 「よろしいですか、林彪閣下。私達は一致協力して、劉少奇達を倒すのです。 敵は、私達が本気で武力闘争に決起することに、まだ気が付いていません。敵に油断させながら、私達は機を見て、一挙に北京を攻め落とすのです。これが毛主席の戦略です」

林彪 「いま、武力闘争と言われたが、毛主席は我が人民解放軍の力を当てにされているわけですな」

江青 「勿論そうですとも。後継者となるあなたの軍事力を当てにしているのです。 お引き受け願いますか?」

林彪 「よろしい! 勿論喜んでお引き受けしましょう。それなら、いっそのこと、この上海に中国全体に指令を発する党の中央部を設置したらどうですか」

江青 「それは、毛主席も考えています。 主席は、この上海を拠点にして文化大革命の狼煙(のろし)を揚げることにしています」

林彪 「文化大革命?」

江青 「そうです、文化大革命です。 まず、呉含が書いた『海瑞、官をやめる』を徹底的に批判し、攻撃する文化面での戦いからスタートします。それをエスカレートしていって、最後は武力によって北京を攻略するというものです」

林彪 「そうか、毛主席は遠大な戦略を立てておられる。 私などの一介の軍人では、とても思いも及ばない戦略だ。素晴らしいじゃないですか」

江青 「私達の考えていることに賛成してくれますね」

林彪 「勿論、大賛成です。これ以上の戦略はない。 ところで、江青同志、だいぶ申し遅れたが、こちらのお願いも聞いてもらえないだろうか」

江青 「なんでしょうか」

林彪 「私は国防部長に就任してから、『解放軍報』などを通じて、毛沢東思想の周知徹底を人民解放軍の中でずっと行なってきた。 そして、それは相当に、効果を発揮してきたと思うが、かねてから文芸工作の面で活躍されてきたあなたに、この際、解放軍の中の文芸活動をお任せしようと思っているのです。 いかがですか、引き受けてくれますか」

江青 「この私に、解放軍の文芸活動をお任せするというのですか」

林彪 「そうです。あなたは毛主席の夫人だ。 毛沢東思想によって、文芸面での“整風”を行なうには、あなたが最もふさわしい人だと、以前からそう思ってきました」  

江青 「まあ、林彪閣下、それはなんと素晴らしいことでしょう。 あなたのご好意、ご信頼は、私などには過ぎるものです。私には荷が重すぎます」

林彪 「いや、あなたなら、きっと立派にやってくれるでしょう。引き受けてもらえますか」

江青 「ああ、勿体ない。林彪閣下、感謝致します。 こんな私が、偉大な人民解放軍の文芸工作を任せられるなんて、感謝以外の言葉もありません」

林彪 「引き受けてもらえますね」

江青 「はい、喜んで。 毛主席になんと報告したらよいのか、嬉しさで胸が一杯です」

林彪 「いやいや、毛主席にはこうお伝え下さい。 林彪は一介の軍人で、戦争のことしか知らないのに、主席の後継者に決めて頂いた。これは私の一生で、この上ない感激であり、林彪は毛主席の最も忠実な僕(しもべ)になると誓ったと。

 毛主席がどのような辛い目にあおうとも、また、どんなに苦しい試練を受けようとも、私の目の黒いうちは必ずお助けし、中国の赤い太陽としての地位を、きっとお守りするとお伝え下さい。

 さあ、江青同志、乾杯だ。偉大な中国のために、そして、中国人民の輝ける太陽、偉大な毛沢東主席のために乾杯だ!」

江青 「毛主席の最も親密な戦友、そして、毛主席の唯一の後継者である林彪閣下のために、乾杯しましょう!」(林彪がラオチューの瓶を持ってくると、二人のグラスになみなみと注ぎ、林彪と江青が乾杯する)


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