武弘・Takehiroの部屋

万物は流転する 日一日の命
“生涯一記者”は あらゆる分野で 真実を追求する

血にまみれたハンガリー(4)

2024年02月25日 03時10分43秒 | 戯曲・『血にまみれたハンガリー』

第五場(ブダペストの国会議事堂前。 大勢の市民、学生、労働者が集会を開いている)

学生の代表 「われわれは先ほど、ベム将軍の銅像前で集会を開き、ポーランドの英雄的な人民と一致協力して、自由で民主的な社会主義国家を建設しようと誓い合った。 そして今や、ハンガリー人民の意志を象徴するこの国会議事堂の前で、一大決起集会を開くことになった。

 同志諸君、市民の皆さん、見てほしい。 今ここには、20万人を超える人達が、ハンガリーの明るい未来を切り開こうとして集まっているのだ! ハンガリーは新しく生まれ変わろうとしている。 それは、皆さんの一人一人が今、心に秘めている決意なのだ。

 1848年、われらが誇る偉大な愛国詩人・ペテフィは、ここブダペストで、ハンガリーの夜明けを祈って次のように詠った。“立てマジャール人よ 国が呼んでいる 時は来た 今をおいて永久(とわ)に来たらず 奴隷たらんか 自由たらんか 立てマジャール人よ!”と。

 諸君、われわれは今こそ、ペテフィの愛国の真情あふれる心を心とし、新生ハンガリーのために、愛する祖国のために立ち上がろうではないか!」

学生達 「そうだ!」「われわれは立ち上がろう!」「ハンガリー万歳!」「マジャール民族に自由と独立を!」「ポーランド人民と共に戦おう!」

学生の代表 「ところで同志諸君、市民の皆さん。 われわれは今ここで、権力に驕り腐り切ったスターリニスト官僚を勤労者党から追放し、ナジ・イムレ同志をハンガリーの再生のために迎え入れる決議をしようではないか!

 ナジ同志こそは、われわれの希望の星であり、自由で豊かなハンガリーを再建するためには、欠かすことのできない指導者である。 ナジ同志はこれまで、ラコシ達スターリニストによって不当にも迫害され、あわや処刑されるところまで追い詰められてきた。

 しかし、自由と愛国の真情に目覚めたわれわれの力によって、今こそ復権する時が来たのだ! さあ、同志諸君、市民の皆さん、声を限りにナジ同志の復帰を求めようではないか!」

学生達 「異議なーしっ!」「賛成だ!」「ナジ同志はわれわれの前に姿を見せよ!」「ナジ同志は再び首相の座につけっ!」「ナジ同志は新生ハンガリーの象徴となれ!」「われらの導きの星であるナジ同志万歳!」「ナジ・イムレ!」「ナジ・イムレ!」「ナジ・イムレ!!」「ナジ・イムレ!!」(そこへ、学生一と学生二が現われる)

学生一 「諸君、報告するぞ! いまゲレー第一書記がブダペスト放送を通じて、われわれの集会やデモは、“暴徒”が扇動した違法なものだと演説したぞ!」

学生二 「ゲレーは、われわれの行動が民主主義を破壊するものであり、絶対に認められないと放送したぞ!」

学生達 「何を言うか!」「ゲレーはわれわれの前に出てこい!」「出てきて謝罪しろ!」「ゲレーを倒せ!」「ゲレーを叩きのめせ!!」「ハンガリーをソ連に売るスターリニストを葬れ!!」

市民一 「学生諸君、君達が怒るのも無理はない。 権力の汚辱にまみれたスターリニストを許すべきではない」

市民二 「ゲレー達を党から追放しろ! あいつらはこれまで、党の権力を食いものにして、われわれ善良な市民を弾圧してきたのだ。あいつらを党から叩き出せ!」

市民三 「そうだ、ソ連の犬どもはモスクワへ追っ払え! 時代は変わったのだ、スターリニストをのさばらせておいてたまるか!」

学生の代表 「市民の皆さんも、われわれ学生の声に賛同してくれたぞ。 ゲレーがわれわれを“暴徒”呼ばわりしたのなら、もはや彼らスターリニストを許しておくわけにはいかない! ゲレー達は、ハンガリーの人民や学生の本当の声を聞こうとしていないのだ。あいつらは自分達の権力にしがみついて、醜い本性をさらけ出したのだ。

 もうゲレー達に、われらの愛するハンガリーを任せておくわけにはいかない! われわれはこれからブダペスト放送局へ行って、真の愛国者の声を放送してくれるよう要求しようではないか! ゲレー達が正しいのか、われわれが道理にかなったことを主張しているのか、心あるハンガリー人なら誰でも分かってくれるはずだ。 

 さあ、諸君、1848年にペテフィ達が印刷所を占拠して、愛国の真情を全国民に知らしめたと同じように、われわれは今日こそ、ブダペスト放送局へ行って、学生や市民の正当な声を全国民に知らしめようではないか!」

学生達 「そうだ!」「異議なーしっ!」「放送局へ行こう!」「われわれの声をハンガリー全土に放送してもらおう!」「ゲレー達、党に巣食う“ムジナ”どもを追っ払え!」「ナジ同志を、われわれの指導者に迎えようではないか!」

 「全ての政治犯を釈放しろ!」「言論の自由を取り戻せ!」「駐留ソ連軍はハンガリーから出て行け!」「党中央委員会を早く開け!」「ラコシ達を人民裁判にかけろ!」「自由ハンガリー万歳!」「国を売るスターリニストを追放しろ!」

 (その時、数人の学生が歌い始める)「立てマジャール人よ 国が呼んでいる 時は来た 今をおいて永久(とわ)に来たらず 奴隷たらんか 自由たらんか 立てマジャール人よ・・・」

大勢の人々 「ハンガリー人民よ立て!」「学生も市民も労働者も立て!」「男も女も老人も子供もみんな立て!!」「ハンガリー万歳!!」「マジャール民族万歳!!」(騒然とした雰囲気の中で、人々が一斉に動き出して退場)

 

第六場(勤労者党本部の会議室。緊急政治局会議が開かれている。 ゲレー、ヘゲデューシュ、アプロ、ナジ、カダル、ピロシュ)

ピロシュ 「すでにソ連軍が、昨夜からブダペストへ向けて一斉に進撃を開始しました。 このままいくと、明日にもブダペストで、ソ連軍と一般民衆との間で武力衝突が起きる可能性が強まっています。

 学生を始め労働者、市民は、ワルシャワと同じように武器を集めて、バリケードを築く態勢を取っています。 ソ連軍と民衆との間で戦闘が始まれば、事態はさらに悪化し、ハンガリー全土が混乱の“るつぼ”に陥る危険があります」

ゲレー 「困った、まったく困った、なんとかならんのか・・・デモ隊の動きはどうなっているのだ」

ピロシュ 「学生達はブダペスト放送局に押しかけ、建物を占拠しようとして、いま治安警察隊と衝突しています。死者が出るかもしれません。 また、英雄広場にも多くの民衆が集まり、近くにあるスターリンの銅像をロープで引き倒しました。

 スターリンの“首”が道路に転がり落ちると、群集は歓呼の声を上げて『ハンガリー万歳』と叫んでいます。 これはもはや、単なる集会やデモではありません。暴動です! ブダペスト市民の暴動です!」

ゲレー 「どうすればいいのか、なんとか鎮める方法はないのか」

ピロシュ 「残念ながらありません。治安警察隊の一部には、すでに逃げる者も出ています。 また国防軍も、デモ隊の圧倒的な勢いに押されて、身動きが取れないような状況です。いや、国防軍の中には、むしろデモ隊に同調する動きさえ現われています」

ゲレー 「もはやこれまでか・・・ソ連は軍事介入をしてきたが、それは何よりも、ハンガリーの秩序回復を考えてのことだ。 ハンガリー人民と戦闘をしたいと、本気で考えてはいないはずだ。 

 となると、国民の大多数が望んでいる政権を早急につくって、暴徒と化した民衆の不満を和らげ、ソ連軍とハンガリー人民との武力衝突を未然に防がなければならない。 そのためには、諸君、国民の多くが望んでいるナジ同志の首相復帰を、今すぐに実現しなければならんと思うのだが・・・」

カダル 「そうです、それしかありません。ヘゲデューシュ同志には申し訳ないが、首相の地位を速やかにナジ同志に譲っていただく以外に、局面打開の方法はないでしょう」

ゲレー 「ヘゲデューシュ同志、残念ながら、あなたは首相の職務から離れていただきたい。もはや、事態は一刻の猶予もできない状況なのだ」

ヘゲデューシュ 「やむを得ませんな。 私が首相を辞めることによって、事態が少しでも好転するというのなら、潔くそうしましょう」

ゲレー 「ありがとう。 ナジ同志、それでは、あなたはすぐに首相に就任してほしい。混乱したハンガリーを救うには、あなたが再び政権の座に復帰するしか他に道はない。 われわれの要請を受け入れてほしい」

ナジ 「しかし、政治局だけでなく、党中央委員会の承認がなければ、お引き受けするわけにはいかないでしょう」

ゲレー 「党中央委員の意見をいちいち聞いている暇はない。 こういう情勢になってしまっては、党の大多数も、あなたの首相復帰に異存を唱える者はいないはずだ。中央委員会には、あとで事後報告をすればいい。 政治局の一存で、とにかく早く首相に就任してほしい。この重大な局面を乗り切っていけるのは、あなたを措いて他にいない」

カダル 「そうです。今のハンガリーを救えるのは、ナジ同志、あなた以外にはいない。 私からも、よろしくお願いします!」

アプロ 「私もその考えに賛成だ。この難局を切り開いていけるのは、あなたしかいないはずだ」

ナジ 「・・・分かりました。ヘゲデューシュ同志さえ、それで良いというのなら、首相就任をお引き受けしましょう」

ヘゲデューシュ 「勿論、私からもよろしく頼みます。もはや私の力では、とてもこの騒乱状態を治めることはできない。 国民はあなたの登場を、一日千秋の思いで待ち望んでいるのです。 さあ、ナジ同志、国家存亡の折だ。これまでの経緯(いきさつ)にとらわれず、首相の座に復帰していただきたい!」

ナジ 「・・・承知しました。皆さんが一致してそう言われるのなら、お引き受けします」

ゲレー 「よし、早速、ナジ同志の首相就任を全国民に知らせよう。 これで人民の暴動も少しは治まり、またソ連の軍事介入も緩和されていくだろう。 後はわれわれ勤労者党が団結を取り戻して、事態の収拾に当たっていけば、この難局を乗り切ることができるはずだ」

 

第七場(モスクワ・クレムリン内の一室。ソ連共産党の緊急政治局会議が開かれている。 フルシチョフ、ブルガーニン、モロトフ、カガノヴィッチ、ミコヤン、スースロフが出席。 なお、この日もマレンコフは欠席)

モロトフ 「ポーランドの政変騒ぎが、われわれにとって極めて不本意な結末で終ったと思ったら、今度はハンガリーの番だ。 いけ好かないマジャール人どもが、ハンガリーの全土で暴動を起こして、社会主義体制をぶち壊そうとしている。

 それに、ゴムルカよりもっと質(たち)の悪いナジが、首相に返り咲いたというじゃないか。 フルシチョフ同志、一体、あなたはこうしたハンガリーの混乱を、どのように収拾しようと考えているのか」

フルシチョフ 「あの国が、動乱の嵐の中で西側陣営の“餌食”にならないように、わが国の軍隊をブダペストに進駐させているところだ。 それに、われわれがナジを上手く抱き込めれば、今の事態をなんとか収拾していくことが出来ると思っている」

カガノヴィッチ 「ふむ、しかし、ナジは危険な男だ。 あの“ちょびヒゲ野郎”は、われわれの言うことをなかなか聞かない小生意気な奴だ。そのナジを抱き込めば、上手くいくと思っているのか」

フルシチョフ 「いや勿論、ナジを全面的に信頼しているわけではない。ただ、あの男はハンガリー人民に圧倒的な人気がある。 今の混乱した状況を打開していくためには、あの男の力を上手く利用していく以外に、いい方法はないと思うのだ」

スースロフ 「その点は、第一書記の言われるとおりだと思う。 確かに、あの“ちょびヒゲ”は反ソ的で、ハンガリーでは自由化路線のシンボルとなっている男だ。 しかし、こんな事態になってしまったら、そういうことをいちいち云々している余裕はないでしょう。ナジを取り込んで、圧力をかけていくしかないと思う」

ミコヤン 「私も同感だ。 この上、ナジを放逐しようとしたら、ハンガリー人民のソ連に対する反感はますます大きなものとなり、取り返しのつかない事態になってしまうだろう。 それに私見だが、この際、ゲレーに第一書記を辞めてもらうしかないと思う。

 今度のハンガリーの混乱は、ラコシやゲレーの圧政が最大の原因になっているのだ。ハンガリー人は、ゲレーが党中央に居座っていることに非常な不満を持っている。 ゲレーを取り除かない限り、根本的な解決にはならないと思うのだが・・・」

ブルガーニン 「そこまでして、ハンガリー人どもに妥協しようというのか」

フルシチョフ 「私もミコヤン同志の意見に賛成だ。 ゲレーはもはや、ハンガリー人の信を失っている。ラコシの“二代目”じゃ、とてもあの国を治めていくことはできない。 あの男も解任すべきだと思う」

モロトフ 「しかし、それでは余りに、ハンガリーの自由化路線に妥協していくことになるじゃないか。 いかにゲレー達の失政が、今回の混乱の原因になっていようとも、親ソ派のゲレーを解任することは、われわれにとって極めて大きな譲歩ということになる。 そこまでして、マジャール人どもの“御機嫌”をとる必要があるのか」

スースロフ 「いや、こうなってしまっては仕方がないでしょう。今は強圧的な手段を講ずるよりも、なんとかしてハンガリー人を懐柔していくしかない。 武力弾圧に乗り出すのは、最悪の場合にだけ許されることで、ハンガリーが多少自由化しようとも、円満な形でわれわれの陣営に留まるよう、努力しなくてはいけないと思う。

 そのためには、国民が最も忌み嫌っているゲレーを解任することは、ハンガリーの秩序を回復するのに役立つはずだ」

カガノヴィッチ 「ふむ、それじゃ、ゲレーの後任に誰を据えようというのだ。適当な人物がいるのか。 まさか、ナジに第一書記を兼任させるわけにはいかないだろう。 そんなことをしたら、あの“ちょびヒゲ”は、何をやり出すか分かったものではない。 誰かいい人物がいるというのか」

ミコヤン 「います。 最適かどうかは疑問ですが、カダルがいる」

モロトフ 「カダルだって!? あの“しんねりむっつり”の若造か」

ミコヤン 「そうです。彼は国民にはそれほど人気がなくても、党内ではナジ以上に信望を集めている人物だ。 まだ若いがしっかりしているし、ナジほど自由化路線に傾いていない。ナジと組み合わせれば、ちょうど均衡が取れていいと思うが」

ブルガーニン 「しかし、あの若造はこれまで、ラコシやゲレーに執拗に楯突いてきた男だ。 ナジに引きずられる危険があるが、それでも大丈夫だろうか」

ミコヤン 「大丈夫だと思いますよ。 私はあの男と何度か会ったことがあるが、彼は多少民族主義的な面はあっても、社会主義陣営を裏切るような男ではない。調和が取れているし、国民の声をよく聞き入れて、現実的な政治を行なうコミュニストだ。

 ナジには自由化、民主化に突っ走るような危険な側面があるが、カダルはそれにブレーキをかけるような、慎重で堅実な所がある。 あの男を除いて、今のハンガリー勤労者党を任せるに足る人物は、他にないと思うのだが・・・」

カガノヴィッチ 「ふむ、君がそれほどまでに言うのなら、ゲレーの後任にカダルを据えたらいいだろう。 ただし、カダルが“ちょびヒゲ”と一緒になって、将来、とんでもない方向に突っ走るようなことにでもなったら、その時には、君にも多少責任を取ってもらうことになるぞ」

スースロフ 「カガノヴィッチ同志、今はそんなことを言っている段階ではないでしょう。とにかく、ゲレーでは駄目なのです。 カダルが絶対に大丈夫かどうかは分からないが、他に適当な人物がいない限り、ナジと組み合わせるしかないでしょう。 私はミコヤン同志の考えに賛成です」

モロトフ 「分かった。ゲレーではどうしようもないということは、われわれも知っている。 一時的な“弥縫策”になるかもしれないが、とりあえず、カダルにやらせるしかないな」

ブルガーニン 「われわれの考えが大体まとまったようだ。 フルシチョフ同志、それじゃ、ゲレーの更迭は誰にやってもらおうか」

ミコヤン 「私が言い出したことだ。ブダペストには私が行きましょう」

フルシチョフ 「うむ、それでは、ミコヤン同志・・・それに、スースロフ同志にも一緒に行ってもらおうか」

スースロフ 「結構でしょう。ミコヤン同志と私がブダペストへ行きましょう」

モロトフ 「それがいい、お二人に任せるとしよう」

カガノヴィッチ 「よろしく頼む。 重大な事態だ、ちょっとした失敗も許されないぞ」


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