*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.18
ところが、ほんとうにミュージシャンが自分だけに向けて、意味深な言葉や熱い視線を送ってきているのだと、そんなふうに解すると、この女性には、あることが腑に落ちなくなるわけです。ミュージシャンは歌詞に託して、ブラウン管ごしにわたしに囁いてくる。キミはいつも頑張っているね。ステキだよ、って。キミの心のなかには悲しみが詰まっている。ボクがとり除いてあげるよ、って。でもなぜ、わたしが頑張っていることをミュージシャンは知っているのか。なぜわたしの胸が悲しみで張り裂けそうであることを知っているのか。
女性は首をひねり、医師に訊く。
ミュージシャンが「私のことを全部知っているんです。そういうことってあり得るんですかね」。
いまの推測をまとめます。
この女性は、ミュージシャンが、記事、番組、歌、をとおして全国のファンに向けて送る言葉や視線を、自分だけに向けられた意味深なものと「錯覚」した(現実)。しかしこの女性には、自分が錯覚しているはずはないという「自信」があった。で、そんな自信があったこの女性には、ほんとうに自分だけに向けて、ミュージシャンが、意味深な言葉や熱い視線を送ってきているのだと信じられた。
箇条書きにするとこうなります。
- ①ミュージシャンが全国のファンみんなに送る言葉と視線を、自分だけに向けられた意味深なものと「錯覚」する(現実)。
- ②自分が錯覚しているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解する。「ミュージシャンがほんとうに、わたしだけに向けて、意味深な言葉や熱い視線を送ってくる」(誤った現実認識)
要するにひと言でいえば、この女性は自分が「錯覚」していることに気づいていなかったのではないか、ということですよ。でも、ほら、「錯覚」していることに気づかないなんてこと、日常、誰にでもよくあることですよね?
先に「下ネタ」「嫌み」「好意」の3つを例に出しましたけど、みなさん、過去を思い返してみてくださいよ。こんな経験したことありませんか。相手が「下ネタ」もしくは「嫌み」を言ってきていると感じた。が、それは「錯覚」だった。にもかかわらず、みなさんはそのことに気づかないで、モジモジもしくはムスっとしてしまい、相手に不審がられた、というような経験、ありませんか。
あるいは、相手が「好意」を寄せてきていると「錯覚」した経験はどうですか。相手に「好意」を寄せられていると感じた。が、それは「錯覚」だった。にもかかわらず、みなさんはそのことに気づかないで、いまでもそのときのことを思い出すと居たたまれなくなる失敗をしてしまった、というような経験、ありませんか。
2021年9月13日に文章を一部修正しました。
*今回の最初の記事(1/7)はこちら。
*前回の短編(短編NO.17)はこちら。
*このシリーズ(全43短編)の記事一覧はこちら。