MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1191 ブレトンウッズ体制の行方

2018年10月14日 | 国際・政治


 東京大学教授の川島真(かわしま・まこと)氏は、日経新聞への寄稿(経済教室「超大国米中と日本」2018/8/3)において、現在、トランプ大統領による米国の政策転換によって「ブレトンウッズ体制」に由来する自由主義経済やリベラル・デモクラシーの価値観、そして米国を中心とする安全保障体制に基づく戦後世界秩序が大きく揺らいでいると指摘しています。

 米国以外の先進国は11カ国による環太平洋経済連携協定(TPP11)や日欧経済連携協定(EPA)を締結し、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を提起するなど、既存の秩序を保持しようとしている。一方、これまで秩序をけん引してきたはずの米国が貿易戦争を起こし、安全保障の面では同盟国を必ずしも重視しない政策を採っているということです。

 他方、世界第2位の経済大国となった中国は、米国の安全保障体制を批判し民主主義ではなく経済的利益に基づく新型国際関係を提起しており、広域経済圏構想「一帯一路」はその新たな国際関係の実験場となっているとの指摘もあります。

 もはや「豊かな国=民主主義国」とは言えない時代を迎え、実際、世界的に民主主義国・と呼ばれる地域が減少する中で、中国型秩序に共感する国も少なくないと川島氏は説明しています。経済の世界でも、米国が保護主義的傾向を採る中で中国がむしろ自由主義経済の擁護を唱えるなど、世界秩序はやや難解な状況を迎えているということです。

 第二次世界大戦後の世界経済を支えたのが、IMFや世界銀行といった国際機関や、各国通貨と米ドルとの為替レートを固定しドルが金との交換比率を一定に保つという「ブレトンウッズ体制」にあることに異論はないと思います。

 1944年に始まったこの仕組みは、米国経済が世界経済の中で圧倒的な力を持っているという第二次世界大戦終了直前の状況を前提としたものでした。このため、欧州経済が大戦の戦災から復興したことや日本経済が急速な発展を遂げたことで(そのままの形では)維持できなくなり、1971年のニクソンショックを経て変動相場制を受け入れ、WTOの下でのグローバルな自由貿易体制に移行してきた経緯があります。

 しかし、これから先、中国やインドなどの新興国がさらに発展して世界経済における重要性を増し(相対的に米国の経済力が相対的に低下し)ていけば、米ドルを基軸通貨とした変動相場制を維持するというこの仕組みも限界を迎えるかもしれません。

 元経済産業相の官僚で経済コンサルタントの宇佐美典也(うさみ・のりや)氏が、近著「逃げられない世代」(新潮新書)の中でこの「ブレトンウッズ体制」の成り立ちや推移について分りやすく触れているので、この機会におさらいをしておきたいと思います。

 ブレトンウッズ体制は、1994年7月に、米国ニューハンプシャー州のブレトンウッズで開かれた連合国通貨金融会議において締結されたブレトンウッズ協定に基づく経済体制です。

 その基本は3つあって、(1)ドルを唯一の兌換紙幣とする固定相場制性を採用すること、(2)国際的な金融や為替取引を調整するIMF(国際通貨基金)を設立すること、(3)各国の戦後復興を援助するIBRD(国際復興開発銀行)を設立することとされています。

 米国は、ドルを基軸通貨とすることで自由貿易体制を再生し経済を通じて世界の覇権を握ることを目指した。そして、このシステムに参加する同盟国をソ連を中心とした社会主義の脅威から保護するために全力を尽くすことを約束したということです。

 米国のこの提案は、戦禍でダメージを受けていた連合国はもとより日本やドイツといった敗戦国にも非常に魅力的だったと宇佐美氏はしています。そもそも、日本やドイツを戦争に導いた最大の原因は自由貿易体制の崩壊とブロック経済化にあり、米国と言う世界最大の市場を持つ国が自ら自由貿易の旗振り役を演じ、自由貿易の為替調整コストも安全保障コストも受け持ってくれるというのは「渡りに船」だったという指摘です。

 こうしてブレトンウッズ体制に参画した日本は、IBRDや米国からの直接融資を受けてインフラを整備し、従来はアクセスすらできなかった中東市場から石油資源を獲得した。さらに、有利な固定レートで世界最大の市場である米国に大量の工業製品を輸出して、奇跡的なスピードで経済復興を遂げたと氏は言います。そして、西側陣営の各国も、同様に順調に復興を遂げていったということです。

 その後米国は、輸出を受け入れることで生まれる「貿易赤字」と強力な軍事力維持することによる「財政赤字」という構造的な「双子の赤字」に耐え切れず、1971年に金とドルの交換を停止し変動相場制に移行しましたが、基軸通貨としてのドルの地位は揺るがずブレトンウッズ体制の根幹は維持されてきたと言えます。

 さらに、1989年を境に東西冷戦の終結により米国1強体制は確固たるものとなり、世界の経済を一体化させる「グローバル経済」が実現したと言うことができるでしょう。

 一方、宇佐美氏は、この体制は、米国の双子の赤字を日本や特に最近では中国といった自由貿易体制に参加するアジア諸国が国債を中心とする米国の資産を買い支えるという(不健全な)形で還流することで支えられていると指摘しています。

 また、軍事的な優位に基づくパックス・アメリカーナについても、最近では中国の台頭により先行きが危ぶまれているというのが氏の認識です。こうしたことから、米国の「唯一の超大国」というポジションは、トランプ政権の内向きな政策方針とも相まって、近い将来失われる可能性が非常に高い状況にあるということです。

 さて、米中貿易戦争のエスカレートなど、昨今の米中両大国を巡る経済摩擦は「通商の衣を纏った派遣争い」との声が次第に強くなってきました。

 かつて、ギリシャの覇権を争ったアテネとスパルタのように、台頭する新興国と覇権国との間に起こる紛争を歴史学者は「トゥキディデスの罠」と呼ぶそうですが、米中はこの罠にはまらずに衝突を回避できるのか。

 21世紀最大の地政学的リスクが、ここにきていよいよリアルに浮かび上がってきたということでしょう。



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