MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1476 転勤のコスト

2019年10月20日 | 社会・経済


 不動産会社の「ダーウィンプラス(本社:東京都中央区)」がこの夏に実施した「第2回ダーウィン転勤川柳選手権」の応募が締め切られ、3,600句を超える応募作の中から選ばれた優秀作が同社のサイトで発表されています。

 入社時から覚悟は求められていたとはいえ、「転勤」と言えば、サラリーマンにとってなかなか思い通りにならないものの一つでしょう。

 そうした(勤め人の)悲哀を物語るかのように、優秀賞にも
「マイホーム 完成直後に売(ばい)ホーム」
「わが子たち 画面の先で 育ってく」
「島流し 一人たたずむ ワンルーム」
「単身で 赴任決めると 妻笑顔」
などといった、いかにも寂しい作品が並んでいます。

 さらに「転勤」は、サラリーマン本人ばかりでなく、その家族の生活にとっても大きなマイナスのコストを生み出す要素となっていることは言うまでもありません。

 ビジネスニュースサイトのBusiness Insider Japanが今年の6月から7月にかけて実施した「理不尽な転勤アンケート」(回答者数500)によれば、理不尽を感じる1位は「共働きなど配偶者の状況に配慮がない」ことで、2位は「子どもの状況に配慮がない」こと。

 さらに、「赴任の時期が急すぎる」「辞令のタイミングが選べない」「引っ越し作業が大変/転勤理由が明確ではない」と続いています。

 アンケートを実施したBusiness Insider Japanは、そもそも転勤制度自体が専業主婦家庭を前提としたものであり今の時代に合ってないとしたうえで、人手不足時代を迎え企業は社員の声にどう向き合うのか、日本の働き方の「常識」は分岐点を迎えていると指摘しています。

 こうした状況の下、秋の転勤シーズンを迎えた9月2日の日経新聞の紙面に、立命館アジア太平洋大学学長出口治明氏が「転勤、世界に倣い希望者に限定を」と題する論考を寄せています。

 (辞令一枚で勤務地を変更する)「転勤」は日本特有の制度であり、海外では経営層を除いて希望した人だけが転勤すると出口氏はこの論考で説明しています。

 ではなぜ、日本は会社都合で転勤させるのか。そこには、戦後の人口増加や高度成長を前提にした一括採用、終身雇用、年功序列という労働慣行が背景にあるというのが転勤問題に対する氏の認識です。

 一生雇用するならいろいろな職場を経験させた方が使いやすい。その延長線上で、いつでも転勤可能な総合職が(いわゆる)出世コースになったということです。

 しかし、これは2つの点で「歪んでいる」とこの論考で出口氏は指摘しています。

 そのひとつは、会社が「社員は地域社会と関係がない」と考えている点です。普段は会社に縛られるサラリーマンでも、実は週末はサッカーチームで子どもに慕われている名コーチかもしれない。人はそれぞれ、地域とつながって生きているということです。

 そして、出口氏が指摘するもう一つ「歪み」は、こうした慣行がパートナーの存在を無視したものだということです。

 どうせ相方は専業主婦(夫)で黙ってついてくるしかないと思っている。このゆがんだ考え方の上に転勤という制度が成り立ってきたと氏は言います。

 家族の絆を断ち切る「単身赴任」も日本独特のものであり、こんな非人間的な制度を続けていれば、若い優秀な人がどんどん流出して企業は衰退していくだろうということです。

 企業は早急に、「転勤は希望者だけ」というグローバルな労働慣行を打ち立てるべきだと出口氏はここで主張しています。

 過疎地は何で困っているのかと言えば、仕事がなくて困っている。社内に希望者がいなければ、地元で採用すればいいだけのこと。その企業は地元で歓迎され、地元の社員は地域のことをよく知っているので企業にもメリットがあるというのが氏の見解です。

 ジョブローテーションは終身雇用が前提だが、これからの時代、自分のいる会社が一生つぶれない保証はどこにもない。そうした状況で、希望しない人に転勤させるのは制度によるパワハラでしかなく、希望しない人を強制的に転勤させるのは人権侵害にも値するということです。

 「断ったら出世の道を断たれる」とか、「誰もが受け入れていることなんだから」とか、「将来の勉強(経験)になる」だとか、会社にはいろいろな転勤観を持った人がいるでしょうが、サラリーマンは企業に勤務時間以外の人生を売り渡しているわけではありません。

 世界に目を向ければ有能な人は転勤がなくても出世しているし、自分のそばにいる社員しか評価できない経営者は無能だと出口氏も指摘しています。

 まずは、(会社に従順で)転勤可能な総合職が一番上だという悪習をとり払い、開かれた評価による(実績主義の)人材活用が求められると考える氏の指摘を、私も大変興味深く受け止めたところです。


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