革靴という言葉ひとつとっても、いろんな捉え方がありますね。我々の足を支える道具であり、芸術性や美しさを放つ工芸品のようでもあり。
また、楽しみ方も人それぞれです。履き心地を重視するもよし、靴のデザインや革を楽しむもよし、磨くことを楽しむのもよし。
いろんな捉え方・楽しみ方があるのが革靴の魅力です。
名も無きビジネスシューズというブランド。
独特なフォルムが印象的なので、靴好きの方々はご存知の方も多いはずです。
今回、名も無きビジネスシューズを取り扱うLEATHER PORTさんを取材させていただきましたが、僕の知らなかった革靴の捉え方と、秀でた才能を持つ作り手の感性に触れることができたような気がします。
おもしろかったです。
是非ご覧になってみてください。
ブランド立ち上げの発端
LEATHER PORTの代表・井熊さん。
学生時代からバッシュに始まりアメカジ系のブーツやドレスシューズのコレクターだった方です。
LEATHER PORTさんでは、名も無きビジネスシューズの他にもアイアンブーツや、名も無きウォレット、他にもベルトなどを販売されています。
アイアンブーツ職人との出会い
ある時、中国の人民解放軍ののブーツ(65年式のジャンパーブーツ)にすごく興味を持ち、それについて調べていたところすごく詳しい方に出会われます。
その方は、広東省でアメカジのブーツを作られている方で、その方がアイアンブーツの工房責任者の方でした。
いろいろやり取りをするなかで仲良くなり、その方が井熊さんに一足作ってあげるよ、という話になり、はじめはタダだからと期待せずに待っていたところ、こちらのブーツが届いたとのこと。
想像以上のクオリティーに驚いた井熊さん。
それをSNSで投稿していたところ、そのブーツかっこいいね!とか、同じものが欲しいんだけど!というようなメッセージをもらうようになります。
その頃は井熊さんはお仕事をされていたのですが退職されて、アイアンブーツの工房責任者の方との合意の上、日本でこのブーツを販売するビジネスをスタートされます。
最初は数量限定でブーツの受注生産を開始されますが、思った以上に早く注文数は上限に達し、本格的に LEATHER PORT さんがスタートされます。
最初は、中国製であることに対する不安の声も多々あったようですが、良いものは良いと素直に評価される方が多く、徐々に口コミで広がっていったようです。
せっかくなので、アイアンブーツも少しだけご紹介させていただきます。
こちらは極々一部です。
他にももっともっとたくさんありますよ。
名も無きビジネスシューズの職人との出会い
さらに、アイアンブーツの工房経由で知り合ったドレスシューズ職人さんがとても才能に秀でた方でした。その方と知り合ったのがきっかけで今の靴ができあがり、2016年7月からスタートしたのが名も無きビジネスシューズ。
その方はラストメイキング(靴の木型制作)から、パターンも製甲も底付けも、全てご自分でやられている方です。靴づくりについて知見のある方ならお分りいただけると思いますが、その工程を全てひとりでこなすのは相当大変です。
各工程ごとにスペシャリストが分業しているのが、割と一般的な靴づくりの態勢だと思われます。
靴のデザイン
次は、名も無きビジネスシューズのデザインについて。
ベースとなる木型は3種類です。
- ラウンドトゥ
- チゼルトゥ
- スクエアトゥ
左から:ラウンドトゥ、チゼルトゥ、スクエアトゥ
左から:スクエアトゥ、チゼルトゥ、ラウンドトゥ
また、デザインはこちらの11種類です。
- 内羽根ロングウィングチップ(メダリオン入り)
- 内羽根ストレートチップ(パンチドキャップトゥ)
- 外羽根ストレートチップ(パンチドキャップトゥ)
- 内羽根フルブローグ(トゥにメダリオン入り)
- 外羽根フルブローグ(トゥにメダリオン入り)
- 外羽根プレーントゥ(3アイレット)
- 内羽根ストレートチップ
- アデレード
- ダブルモンクストラップ
- ロングヴァンプ式パンチドキャップトゥ
- エプロンダービー(ライトアングルステッチ仕様)※スクエアトゥラスト固定
※2019年5月現在
エプロンダービーのみスクエアトゥの木型しか選べませんが、他のデザインはどの木型でもオーダーが可能です。
さらに、靴の色もある程度指定することができます。
エプロンダービーモデル x スクエアトゥ
ライトアングルステッチ
木型 x デザイン x 色 にあと細かいオプションなども加味すると、仕上がる靴の組み合わせはかなりの数になります。(ただし、色に関しては職人さんとお客さんの認識が100%一致することが難しいので、同系色に仕上げるという合意が必要です。)
ちなみになんですけど、同じデザインの靴であっても木型が違えば、それによってアッパーのパターンを作り変えているみたいです。
これはつまり、木型によってつま先の形が違うので、同じデザインであってもその木型に合ったパターンを一から作っているということです。
一部をご紹介します。
内羽根フルブローグ x チゼルトゥ
アデレードx ラウンドトゥ
ダブルモンク x スクエアトゥ
これは、職人さんや井熊さんの『靴の捉え方』があらわれているものと考えます。
これについてもちょっと詳しく説明していきます。
名も無きビジネスシューズの”趣き”
名も無きビジネスシューズのウェブサイトに書いてあるおもしろい表現。
良い靴を作る為に、好材料と高いレベルの技術を用いる……そんなのは説明するまでもない大前提。
ただ、材料、技術、構造、ラスト、作り手の審美眼と表現力、および思考、これらはすべて、一足の靴を構成する一部分に過ぎない。大事なのは、これら全ての要素が正しくかみ合って、一足の“趣きある”靴が出来上がるのだという事。
私が売りたいのは特定の材料でも、技術でもない。“趣き”である。
“趣き”の無い靴は、例えダイヤモンドが埋め込まれていても、何の価値も持たないであろう。
※引用:名も無きビジネスシューズ 公式サイト
僕はこの説明があることを事前に知っていました。
その上で、名も無きビジネスシューズの靴って特徴的な箇所がたくさんあると思いますが、具体的にはどんなところだったりするんでしょうか?と、井熊さんの考える趣きについてお話伺いたいと思っていました。
例えば、このトゥとか…
底付けの技術とか…
写真じゃ伝わらないと思うので是非実物を!
ピーッチドヒールとかも…
後ろからも美しい…
やっぱりこの流線型のフォルムも…
あとは、こういう遊び心とか…
個人的にはこういうところが特徴的だと思っています。
だからこれを読んでくださっている方に、井熊さんの考える靴の特徴もお伝えしたいなぁと考えていたんです。
でも、いただいたご回答はそうではありませんでした。
名も無きビジネスシューズのブランドとしては、そういう細かい部分で靴を捉えていらっしゃらず…。
外羽根プレーントゥ x ラウンドトゥ
ちょっと話が逸れますが、職人さんは回を重ねるごとに細かい部分の精度を上げて納品されるようです。
例えばこういうとっても細かいところ。ウェルトの出し抜い部分です。
工房初期の頃は目付け車という手押し車式の工具でギザギザをつけていましたが、アウトソールのステッチングとギザギザの幅が合っていませんね。(素人としては全く気になりませんでしたが笑)
でもこれがこうなり…
ギザギザとステッチのピッチが合いました!
さらにこうなり…
ギザギザとコバの間の傾斜部が少し狭く…
最終的には、手間をかけて目付けコテという工具で丁寧に仕上げられるようになったそうです。
ギザギザの立体感も均等になり精度が上がっています
レベルが高い!笑
こういうアップデートを井熊さんはその都度評価されていたようですが、職人さんは細部を評価してくれるのは嬉しいけど、靴は全体で評価されるべきものだからと。
理にかなっているからこう作っているのであって、木型にしても足なりに削った結果、靴もこの形になっているんだと。
そういうことを仰る方なんです。まさに才能。
なので、井熊さんご自身としては伝えたいところは多々あるけれども、LEATHER PORTとしてはここがウリなんだという回答はないんです、というのがご回答でした。
前置きが長くなりましたが、予想以上におもしろいご回答。
この靴を見るとどうしてもトゥやフォルムに目を奪われがちですが、細かい見た目だけじゃなくて全体の雰囲気だったり、履き心地だったり、なんというか総合的に捉えられる感性を養いたいと思った。笑
また、言葉の節々から井熊さんの職人さんに対するリスペクトも感じられます。
リスペクトと言えば、職人さんとは日々の他愛のない話も含めてかなり頻繁にコミュニケーションをとっているようです。何でも言い合える関係にあると。
というのは、少しでも職人さんの負担やストレスを軽減するため。
そういったストレスは往往にして製品の仕上がりに反映されてしまうことがあるから。
職人さんのケアも欠かさず良い関係を築けていることが、この靴のクオリティを維持していると言えましょう。
こういうバージョンアップをご自分の判断で勝手に仕上げてくる、そういう職人さんなので、オーダーされるお客さんには必ず、納品されるときにはこれより良いものが仕上がってくるので楽しみにしていてください、と伝えられているようです。
しかしこの靴、釣り込むのすごく大変そう。
先にもご紹介した同じデザインでも木型によってパターンを変えたり、細かい仕上げを常にアップデートされたり、そういうものづくりへの姿勢がこの素晴らしい靴になっているに違いありません。
数ヶ月前の靴とつい最近の靴を比べても、この釣り込みの精度が上がっていました。まだ20代の職人さん、今後が楽しみです。
好みを尊重したサイズ選定
お客さんの実際のサイズを測り、さらに好みを聞くことでそこに少しでも良いフィッティングに近づけていきたいというのが井熊さんの考えです。
同じ足のサイズの方が同じブランドの靴を履いていても、それぞれサイズがバラバラということも少なくないようで、それは恐らくお客さんの好みや習慣に起因しているもの。
それを汲み取った上で、お客さんの好みにあったサイズの靴を提供できるよう心がけていらっしゃいます。
靴ってやはり主観で履いているものなので、履き方も楽しみ方も人それぞれです。
職人さんは木型を作っていることもあってか「この足のサイズにはこの靴を履いてくれ」という考えが強い方だったようですが、井熊さんはお客さんの好みまで考えて提供してあげたほうが喜んでもらえるはずだよ、と職人さんを説得されたようです。
ただ、お客さんの足に100%合った靴を作るのって難しい。
だからこそ、お客さんの足のサイズを測り、さらに好みを聞くことでそこに少しでも良いフィッティングに近づけていきたいというのが井熊さんの考えです。
ということもあり、井熊さんは極力メールオーダーではなくて、お店にお越しくださいとお客さんにすすめられているようです。
印西牧の原駅からは歩くと30分以上かかるようなので、井熊さんが車で送迎してくださいますよ。
LEATHER PORTへのアクセス
・住所:千葉県印西市滝883-20
・定休日:月、第3日曜
ここ入り口です
ちなみに、僕は左右の平均が 23.5cm の足ですが、名も無きビジネスシューズのサイズでいうと5.5ではなく5がジャストサイズでした。
少しだけ大きめかもと井熊さんもおっしゃってました。
土踏まずの突き上げも甲のフィット感も最高でした。
スムーズな歩行をサポートするよう、前方から後方に向けて少しだけ底が高くなっていたりと、ほんとに見た目だけじゃないことがわかります。
ほんとに欲しいです。
ほんっとに欲しい…
最後に
僕みたいなただの靴好きだと、このデザインがとか、この仕上げがとか、この革がとか。
ついついそういう細かいところに目が行きがちですが、今回の取材を経て、その靴の持つオーラみたいなものを意識するきっかけになったことは間違いありません。
オーラというとなんだか安直な気もしますが、その靴捉える感性をこれから時間をかけてゆっくり養っていきたい。
そう思える貴重な体験をさせていただきました。
7/31 に価格改定もあるようですので、気になった方は是非LEATHER PORTさんに足を運んでみてください。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
ちなみに井熊さん、ジャコパスがお好きでお邪魔したとき店内でウェザーリポートがかかってました。
ほら、ウェザーリポートとレザーポート [LEATHER PORT] ってちょっと似てません?
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