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「点に消える」Takeman

第9回〈六枚道場〉に参加した作品です。一箇所だけ手直ししました。一度読み終えたあと、もう一度読みなおしてもらえるとうれしいです。

点に消える

 学校の正門を出たところで水樹穂乃花は名前を呼ばれた。振り返ると夕日を反射する窓ガラスがまぶしい。まぶたを細めてくしゃみを我慢する。
「待ってよー。一緒に帰ろうよ」細めたまぶたの向こうで琴奈と雪乃がこちらに走ってくるのが見えた。
「部活終わったの?」
「うん終わった。えへへ走ったからお腹へっちゃった」琴奈がお腹をさする。
「さっきまでさんざん走ってたじゃないですか。このくらいの距離走ったくらいでお腹すくわけないでしょう」雪乃が言う。琴奈と雪乃は陸上部で短距離を走っている。
「お嬢。わたしのエネルギーは部活までしか持たないの」だれにでも丁寧な言葉使いの雪乃はお嬢と呼ばれている。
「しかたないですね。コンビニでなにか買って帰りましょう」
「うーん。わたし今月ちょっと苦しいかな。お小遣い」
「パン一個ぐらいならおごるよ」
「わーい。大好きだよ穂乃花」琴奈がだきついた。
「それにしても仲がいいですね。いつも一緒に帰ってるじゃないですか」雪乃が言う。
 水樹穂乃花は見つめ合ったあとニコッとうなずいた。
「お嬢。そこのところはいいじゃないですか」琴奈はにやりと笑う。
 夕闇がせまっている。西の山に隠れた夕日は空の裾野をオレンジ色に彩っている。昼間はあれほど暑かったのに今はもう違う。少し肌寒い風が水樹穂乃花を抜けてゆく。
「くしゅん」
「お嬢ってかわいいくしゃみするね」「うん」
「あ。月が出てる」琴奈が西の空を指差した。すらりと伸びた腕のその先に細長い指。その指差す方向に三日月が見える。
「なんかトルコの空みたいだね」琴奈が言う。
「え。トルコに行ったことあるのですか?」雪乃が驚いた。
「ううん。行ったことないよ。でもなんかトルコの空みたいじゃん」
「どこがトルコなんですか。そもそも空なんてどこの国でもいっしょでしょう」雪乃が身もふたもないことを言う。
「あ。そうか。ほら三日月の横に星があるよね」水樹穂乃花は気がついた。「トルコの国旗みたいじゃない」
「そうなのですか?」雪乃はスマホを取り出して検索しはじめた。スマホをみつめる雪乃の顔が明るく照らし出される。画面上を動く指。雪乃の顔を照らす光が揺れ動く。「ありました。ほらほら見てくださいよ」画面に映し出された国旗を水樹穂乃花に見せた。
「どれどれ。わたしにも見せてよ」琴奈が横から首をのばす。
「琴奈さんは知ってるからいいでしょう」
「トルコの国旗なんて知らないよ。意地悪しないでわたしにもみーせーてー」
「わかりました。みんなでいっしょに見ましょう。ほら」雪乃はスマホを空にかざして画面をこちらに向けた。雪乃に寄り添うようにみんなが集まる。空に浮かぶスマホと三日月。そしてその隣に輝く星を見る。





 すると一筋の光が線となって流れて消えた。
「あ」
「あれ?」
「流れ星?」「流れ星だよ。初めてみた」水樹穂乃花が言う。
「私もです」
「わたし結構見るよ」琴奈が平然と言った。
「ずるい」「ずるいよね」
「なによ。わたしがトルコの空みたいって言ったからみんな見ることができたんじゃない。感謝してよ」
 そういえばそうだ。穂乃花はうなずく。そしてもう一回くらい流れないかなと空を見続けた。けれど空はわずかに残ったオレンジの裾を濃紺に染めていくだけだった。こんな日常が明日も明後日もずっと続けばいいのにと思う。でも高校三年だ。夏はもうじき終わってしまう。一生で一回しかない今日だってもうじき終わる。来年はこうしてみんなと一緒に帰ることなんてない。そう思った瞬間しずくが頬を流れ落ちた。しずくは頬にひとすじの線をつけたあと地面に消えていった。
「流れ星って点が線になってそれでまた点になって消える」雪乃はスマホをポケットにしまう。「どこかに落ちずに消えるなんてなんだか悲しいですね」
「お嬢。きみはどこに堕ちたい?」琴奈が雪乃にだきついた。「そう言って男二人が抱き合ったまま地球に落ちていく話があったよ。お父さんが持ってた漫画で」
「琴奈が言うとなんだかエロいよ」「男二人が抱き合うってBL?」水樹穂乃花が聞き返す。
「じゃないよ」
「さあ。コンビニに行きましょう」雪乃は琴奈をやんわりと振りほどく。
 コンビニで買ったパンを食べながら歩きはじめる。とりとめもない会話がまた始まる。そんなありふれた日常。だけど楽しい時間もあっというまに終わってしまう。
「わたしたちこっちだから。パンごちそうさま」琴奈と雪乃が手をふりながら道を曲がっていった。線路のようにつらなる街路灯の下を二人が歩いていく。小さくなっていく。

「穂乃花。それじゃまた明日」水樹は穂乃花に手をふると家の門を開けた。
「水樹。たまには私に起こされないように早起きしてよ」穂乃花は隣の家に入っていく水樹をにらみつける。ふたりは幼い頃から隣同士の腐れ縁。明日も起こすことになるんだろうな。穂乃花は何度目かのため息をついた。



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