取材源の秘匿について | 団栗の備忘録

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心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく書きつけます。なるべく横文字を使はずにつづります。無茶な造語をしますがご了承ください。「既に訳語があるよ」「こっちのはうがふさはしいのでは?」といふ方はご連絡ください。

取材源の秘匿は、日本以外の先進諸国の報道機関の間では血の掟とされてゐます。日本においては、報道機関自身の判断によって守ったり守らなかったりするといふ始末なので、大切なものであるといふ意識は薄いのでせう。取材源の秘匿はなぜそんなに大事なものだと諸外国では考へられてゐるのでせうか。

 

たとへば振り込め詐欺をやってゐるとか、違法薬物を扱ってゐるとかの犯罪集団が存在するとします。報道記者が、その組織内部にゐる山田太郎氏に取材をして、その組織の情報を色々得たとします。それを基にして記事を書くわけですが、そのときに「この記事は東京都新宿区○○町の山田太郎氏の協力のもとに書かれたものです」と書いたら、山田氏は一体どうなってしまふでせうか。おそらく山の中に埋められるか、海の底に沈められるといふことになるでせう。さうなったらもう誰も報道機関の取材を受けてくれなくなります。取材源を漏洩したその記者に対してだけでなく、全ての報道機関に対して取材を拒否するといふやうな状況になるでせう。いくら「ウチはあそことは違ひますよ、秘密は絶対に守ります」と言はれても、信用できないからです。さうなると今後、仕事(取材)が極めてやりにくくなります。商売上がったりといふことになります。

 

もちろん、その記事のおかげでその犯罪集団は摘発されることになるでせう。しかし犯罪集団は一つだけではありません。これで他の犯罪集団への取材はもうできなくなります。はたしてそれでいいのかといふことが問題です。報道機関を警察の手先、岡っ引きのやうな存在にするよりも、犯罪集団をも含めた、社会の様々な部分から集めた情報を報道し続けられるやうにしたはうが、より公共の福祉に適ふのではないでせうか。犯罪集団を一つ潰すよりも、オレオレ詐欺の最新の手口を今後も報道することができる、さういふ状況のはうがよいのでは、といふことです。

 

「今夜一緒に寝てくれれば、キミにだけ特ダネををしへてあげよう」と女性記者が誘はれたら、彼女はどうするでせうか。①断固拒否して特ダネになるかもしれないネタをみすみす逃す。②覚悟を決めて特ダネを獲りにいく。どうするかは彼女の自由ですが、かうしてみると、報道人といふのはなんとも因果な商売です。記者のはうから取材対象に近づいていくわけですし(さうでなければ仕事にならない)、取材対象としては話すも話さないも自由なわけです。話すことの見返りを要求する人もなかにはゐます。それを要求したからといって強要罪にはならないでせう。また取材対象が公務員の場合、「その職務に関し」(収賄罪)といへるのかは疑問です。むしろ、秘密漏示をそそのかす行為に該当するのでは、と思ひます。尤も、報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会通念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為であると考へられてゐます。

 

今現在誰に対して取材活動をしてゐるのか、といふことを同業他社の商売敵に漏らしてしまふといふことは、報道記者としてはどうなんでせうか。やはり取材源に対してのみならず、自社に対しても、裏切り行為といふことになるのでせう。取材源を秘匿すれば記事の内容が真実かどうか判断できないといはれ、取材源を明かしてしまへば業界の掟を破ったと非難される。何度もいひますが、報道記者といふのは因果な商売です。