病室
(ウェブ無料画像)より
かなり名の知られた出版社に勤めていた
編集者の<よう>さんが亡くなって
もう10年近く経とうとしている
銀座が目と鼻の先の社屋を訪ねると
深夜なのに守衛所の外まで迎えに出てきて
ようッと握手をしてくれたものだ
すこし明かりを落とした編集部の壁際には
ベストセラーを含む書籍が並べられていて
これは僕が手掛けたものだとさりげなく指差した
当時オカルト系の出版物がもてはやされ
霊視の分野で有名な霊能師に気に入られた彼は
立て続けにヒットを飛ばしていた
いびつな生い立ちを噂される女霊能師は
同じような臭いのする彼に身の上まで明かし
他社よりも2倍以上の出版企画を引き受けた
昼はテレビの掛け持ち出演に追われ
夜は夜で廃屋となった病院での撮影などがある中
仕事の合間を縫って<よう>さんの取材には応じた
だから深夜の出入りでも彼はノーチェックだった
話し相手に文学仲間を招き入れるのも
<よう>さんの実績から大目に見られていたようだ
仕事に疲れると深夜営業のビアホールに繰り出す
暇人の文学仲間はホイホイついて行き
彼のおごりでたらふく飲食したものだ
順風満帆だったブームが下火になり
<よう>さんの経費がだんだん絞られる中
彼は編集長との折り合いが難しくなった
上手に転身を図れなかった彼は
編集長と対立して尻をまくった
自ら退職を宣言して会社を去った
思いとどまるよう説得する者もあったが
モノ書き気質の彼を翻意させられなかった
小説家の一面に期待したからかもしれない
<よう>さんの転落は自らが動輪となって加速した
妻子に去られ持ち家を失い再就職も遠のいた
病になり身体の中を木枯らしが吹き抜けた
最後に見舞った病院の一室には
花もないのに饐えたような甘い香りが漂っていた
看護師にガンの末期だと教えられて天を仰いだ
<よう>さんが逝ったのは厳寒のさなかだった
身体の中の木枯らしは収まっていたはずだが
彼の魂をやさしく引き取る身内はいなかった
わたしのお墓の前で・・・・と歌う人びとよ
墓のない<よう>さんのような境遇の男には
どのような歌がふさわしいのだろうか
文学仲間のひとりとして詞を書こうとしても
白紙の上にふさわしい文字を置くことができない
10年の歳月を経ても彼の魂を癒すことはできない
かつて書いた『行旅死亡人』という短編を彼に重ね
彼の死後は『落ち葉ころころ』という詩も書いた
だが<よう>さんのたどった凍える死には程遠い
今年もまた厳冬期が巡ってきて
とつぜん<よう>さんの記憶が立ち上がり
ようッとこちらへ手を差し伸べてくる
そうか あれほど人懐っこかったのは
孤独の寂しさに耐えきれなかったからなのか
あるいは生の深淵から吹き上げる凍えた大気のせいか
その編集者が持っている特別の感覚と時代の求めるものがうまくシンクロしているときは、飛ぶ鳥を落とすような勢いで驀進しますが、その感覚の独自性がきわだっていればいるほどいったん時代の風が変わるとつらい思いをしがちなようです。ね。
ご本人も、勢いのあった時の自分を忘れられずその落差に苦しめられがちで・・・
そういうことは執筆者のほうも同じでしょうが。
どの世界でもありがちなことだと思いますが、出版の現場ではそれが極端な形で現れがちです。
しかし、その方にとっては、その後も変わらずお付き合いがつづいた窪庭さんが大いなる救いだったのではないでしょうか。
この詩から伝わってくる、そこはかとした温かい手触り感がそれを教えてくれます。
亡くなった先輩のことは、さまざまな思い出が水晶の結晶のようにキラキラと浮かんできて、その都度書き留めておきたくなるのです。
同時に一人の人間の生きた軌跡として、多少の共感でも持っていただければ、先輩の魂も癒されるのではないかと・・・・。
単に編集者というような位置づけを超えるような存在の方でしたね。
時代を背負うような感覚ということは、別の言い方をすれば、その感覚があまりにも鮮烈に時代を体現しているために、時代の感覚が激変した時には打撃が鮮明に出すぎるのかもしれませんね・・・
数々の付き合いを振り返り、そうした一面を発見していきたいと思います。
ありがとうございました。