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【二度目の人生を異世界で】中華宅(中国人オタク)たちの怒りの原因は作者のヘイトスピーチではなく設定そのものだった

大炎上でアニメ化中止、出荷停止

TVアニメ化寸前まで行きながら、大炎上の結果主要キャストの声優が続々降板する事態となり、ついにアニメ化は中止、原作本も出荷停止となってしまった『二度目の人生を異世界で』。

このラノベの問題点については、当ブロクでも以下の記事で取り上げている。

作者の過去のヘイトスピーチが原因か?

なぜこのような騒動になったのか。日本では、作者が過去にツイッターで行っていたヘイトスピーチが「発掘」され、これが中国で問題視されたのが主な原因だと報道されている。

www.huffingtonpost.jp

10月にアニメ化が決定していた人気ライトノベル「二度目の人生を異世界で」が、放送中止となった。同アニメの制作委員会が公式サイトで6月6日、発表した。
原作の発売元ホビージャパンは6日、これまでに刊行された計18巻を出荷停止にすることを決めたと、朝日新聞デジタルが報じた。
同作をめぐってはアニメ化発表後、原作者の「まいん」氏が過去にTwitter上でヘイトスピーチを繰り返していたことが問題視され「炎上」。6日までに主要キャストの声優4人が相次いで降板を発表し、波紋が広がっていた。
制作委員会は「アニメ化発表以来、一連の事案を重く受け止め、本アニメの放送及び製作の中止をお知らせ致します。みなさま、及び本作品の制作に関わった方々には多大なるご迷惑、ご心配をおかけしました事、心よりお詫び申し上げます」と公式サイトで謝罪した。

問題はヘイトスピーチより原作の設定そのもの

確かに、韓国を「姦国」、中国を「厨国」「蟲国」などと呼んで嘲笑する原作者のヘイトスピーチ(注:該当ツイートは削除済み)はひどいものだ。しかし、炎上の主な原因はそれではなく、原作の設定そのものが中国人にとっての「底線」(許容できる限界)を越えていたからだという指摘がある。

このアニメ化に対して抗議の声を上げた中華宅(日本のマンガやアニメが大好きな中華圏のオタクたち)がなぜ激怒したのか、「香港ガリ勉眼鏡っ娘ゲーマー」歐陽さんが「中華娯楽週報」で2回にわたって詳しく解説されているので、一部引用させて頂く。

jp.ign.com

5月下旬に日本側でアニメ化のニュースが出て、中華宅は早速今度の「新番(新番組)」をチェックしようと検索した結果、本作についての予備知識が一切ないまま、軽文(注:ライト文芸をテーマとした中国のサイト)での中国語版に出くわしたわけである。ただの「よくある穿越(タイムスリップ)モノ」と考えていた作品の設定――「二度目の人生」を満喫する主人公は、生前は中国大陸で「世界大戦」に従軍し、3000人以上を斬殺したなど――に、多くの中華宅が吃驚仰天した。中国のオタクたちが問題としたのは「ヘイトツイート」ではなく、作品そのものの内容なのだ。アニメ化のニュースは長らく注目を浴びなかった本作の中国語版の知名度を上げ、皮肉にも作品にトドメを刺すような恰好になってしまった。

(略)

このように、日本国内で注目された「ヘイトツイート」を見ることなく、日本で話題になる前からすでに作品の内容――中国大陸で「世界大戦に従軍」し、「4年間の従軍期間中の殺害数は3712名、全て斬殺」――で日本人の想像を超える大ごとになっていたのである。

(略)

今までこのコラムで何度も述べたように(例えば第7回)、中華宅は権力――商業主義や権威主義を含む――と距離を置きながら、独自の価値観を持ち、自立した世界でACGMN(アニメ・コミック・ゲーム・ミュージック・ノベル)に並ならぬ情熱を注いでいる。そのため、コミュニティに明らかな危害を与える言動を除いて、政治的な事柄へはいつも冷めた目線を向けている。そしてACGMNにおいて日本文化に憧れており、ネットを通して日常的に「日本」と接する彼らは、ネットを中心にはびこる人種差別を知らないわけもなく、差別的表現――今回問題視された発言よりも激しいものを含む――にはとっくに慣れっこである。要するに「反応するのもバカバカしい」ということなのだ。

(略)

というわけで、『二度目の人生を異世界で』の原作者による差別発言にほとんど触れない中華オタクだが、作品の内容――主人公の前世の設定――には本気で怒った。そこには「底線」という概念が存在する。中国人がよく口にするこの言葉は、英語のBottom line(ボトムライン)と大体同じ意味で、「許容・譲歩できる最低値」といった含意がある。底線は、越えるどころか、絶対に触れたり弄んだりしてはいけないものである。第二次世界大戦における戦争犯罪を連想させ、肯定するような内容は、中華宅の底線に触れて越えようとするものだったので、猛烈な反発に遭ったのである。

日本のマンガやアニメに憧れる中国人オタクたちは、日本のオタク界にあふれる中韓ヘイトも当然知っている(嫌でも知らざるを得ない)が、あえて作品とは切り離し、それはそれ、これはこれとして処理することで冷静さを保っているのだ。ところが今回は作品の設定そのものに歴史修正主義が持ち込まれているのだから、許されないのは当然だろう。

中華宅たちの怒りは「反日教育」のせいではない

このラノベの設定では、主人公が日本刀で三千名以上も斬りまくったのは「世界大戦」時とされていて、(南京大虐殺等を含む)日中戦争とは時期がずらされており、場所も中国だとは明記されていない。そのため、上記のような中国人の怒りに対しては、過剰反応だとか、反日教育のせいで日本を憎んでいるからだ、といった定番の「反論」が返されている。

しかし、そうした「反論」は間違っている。少し長くなるが、再び「中華娯楽週報」から引用する。

jp.ign.com

(略)まずひとつ、はっきりさせておきたいことがある。中国の歴史教育とは“反日教育”ではないのだ。香港人である私自身も、「中国人」として日本で何度も聞かれたことがある。「なぜ中国で“反日教育”が行われているのか」と。日本の侵略を強調しているとして、この日本語特有の言葉が実によく使われる。さらに「識者」やメディアによる説明として、「貧富の格差などで人民の不満は爆発寸前なので、怒りの矛先を日本に向けさせるため、日本批判を繰り返し、子供にもそうした教育を施している」、つまり「政治体制維持のための反日」「国家の統治手段としての反日」といった根拠が曖昧な説が唱えられている。ここで私は声を大にして言いたい。一般で想像されるような意味での“反日教育”など、そもそも存在しないと。

(略)中国大陸では、確かに愛国精神や党の役割を強調する教育は行われており、近現代史は祖国の廃墟からの復活、そしてその過程において共産党が「新中国」を創ったこと(略)にフォーカスが置かれているのは事実だ。しかし、日本に侵略されていたから今の日本を憎みなさい、日本人と仲良くしてはいけないと教えているわけではない。

中国の歴史に詳しい人であればあるほど、近代中国史の教育において、列強の侵略と抗日戦争がクローズアップされるのは避けられないことがよく分かるはずだ。(略)

(略)

ちなみに香港では、英領時代には必修だった中学校の中国史科が、中国返還後にむしろ必修ではなくなって、古代中国の歴史のみならず列強の侵略、抗日戦争についての知識も乏しい若年層が形成されている。植民地時代には、近代中国史の内容は中国大陸と同様に――愛国心・愛党心の提唱だけを抜いた――アヘン戦争から始まり、抗日戦争で極まった中国の受難史に焦点を置いたものだった。それが“反日教育”と言うのならば、「本当の歴史は教えられない」ということになる。(略)

歴史教育を受けているということは、過去のことも知っているということなので、日本の過去の行為が中華の民の心に何も残していないというわけではない。それは学校教育の結果だけではないことにも注意が必要だ。私の世代の人ならば、2つ~4つくらい上の世代の親戚には、確実に日本占領時期に悲惨な目に遭って命や全財産を失ったりする人はいる。それらは学校などではなく当事者やその遺族により語り継がれている。詳細はあえて語らないが、一家離散や目の前で親・兄弟が殺されるなど、聞くに堪えない惨たらしい話は無数にある。「過去」と「現在」の日本を割り切って、現在の日本を好きになる人が多い中、過去が消えたわけではない。日本側が「現在」から「過去」へと手を伸ばして操作しようとしたとき、前記の「底線」が触れられ、中華の民は激怒するのである。

(略)

さらに説明すると、底線に挑戦する試みの中でも、上記の設定は“極めて悪質な形”で底線を揺さぶっている。中華圏では「百人斬り競争」の話が、それを報じた日本の新聞記事の写真と文字と共に深く記憶されているのだ。中国で何千人も斬殺という描写は、一瞬にしてあの忌々しい絵と文字を思い出させるのだ。また、抗日戦争中の大量殺人と言えば、日本では否定説が唱えられているが南京大虐殺もすぐ思い浮かべられる。私は歴史学者ではないので、百人斬り競争や南京大虐殺に関する議論をするつもりはないが、いずれにしても『二度目の人生を異世界で』の設定が即座にこのふたつの事柄を想起させ、中華の民に胸を抉られるような痛みを与えるのは事実である。

当ブログでも何度も指摘してきたとおり、百人斬りも南京大虐殺も事実そのものであって、右派がいくら策を弄しても、近親者が体験した日本軍による残虐行為を「家族の記憶」として受け継いでいるアジアの人々を騙すことはできない。騙せるのはまともな歴史教育を施されず、自国の近現代史に驚くほど無知な日本人だけだ。

問題のラノベは、日本の戦争責任を「反日教育」による妄想だとして嘲笑する中韓ヘイトの気分に便乗しながら、自分たちが否定している「百人斬り」を相手が想起せざるを得ないような設定をあえて行っている。極めて悪質なやり方であって、怒りとともに全否定されるのは当然なのだ。

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