The Essays of Maki Naotsuka

オンラインエッセー集

36 日テレ系ドラマ『ハケンの品格』で考えさせられる脚本家の品格、ワーキングプワという身近すぎる問題 2007.2・3

当エッセーは、拙基幹ブログ「マダムNの覚書」で12年前に公開した2本の記事がもとになっている。派遣、ワーキングプアの問題がこのころから深刻化し出したことがわかる。私的な事情が交錯するエッセーではあるが、記録として残しておきたいと思い、当オンラインエッセー集に収録することにした。

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Markus SpiskeによるPixabayからの画像

 

日テレ系ドラマ『ハケンの品格』で考えさせられる脚本家の品格 2007.1.11

 『ハケンの品格』がいまどきのファンタジーもの、スーパーウーマン物語として書かれたというなら話は別だが,記者会見による脚本家の話ぶりでは社会問題として書かれた節も窺われるため、疑問が湧いた。

 わたしが新婚だった頃の話だから、もう 25 年も昔の話になるが、派遣社員として登録し、マネキン販売員をしていた知人がいた。その頃、派遣という雇用形態が問題になることはあまりなかったように思う。

 労働者派遣法は 1986 年に施行されたが、このような雇用形態が問題になり出したのは主に、1999 年の改正後のことではないだろうか。

 一時的に人材が必要となる専門性の高い 13 の業種に限られてきた対象範囲はこの改正により、禁止業種以外は派遣が可能となった。

 そして、労働者が不当な扱いを受けることなく働く権利を保障した憲法の観点からすれば不当としかいいようがないこの間接雇用形態は、労働者を安い人件費で、必要なときに必要なだけ使うことのできる企業に都合のいい形態として、定着するようになった。

 ドラマの大前春子のように、全ての派遣社員が事前に高度なスキル(特殊技能)を身につけることができ、時給 3,000 円も得ることができるようであれば、派遣という雇用形態には何の問題もないわけである。

 事前に大した技能も身につけられなかったのだから、雇われる人間としてはウブで無能であって当然の森深雪ですら、ドラマでは庇われ、保護されすぎている。

 それにしても大前春子であるが、彼女は以前は銀行のエリート社員だったという。わたしの親戚に銀行で凄腕といわれていたという女性がいるけれど(既に定年退職しているはず)、全くぴんとこない。パソコン、フラメンコくらいならありうるとしても、クレーン車となると、違和感がある。

 あれだけのスキルを身につけるためには、どれだけの時間とお金が必要なことやら(ため息)。現在書店で契約社員として働く娘が大学生だった頃、大学側は就職難に備えて多彩な技能を身につけることをすすめた。

 学生たちは本業(授業)そっちのけで、アルバイトに精を出したり、専門学校に通ったりしていた。それで、それがどれくらい成果につながったかは疑問である。

 政府が現在のような新自由主義政策を推し進める中では、学生たちは落ち着いて勉強するのもままならない。それがひいては、国力の低下につながるのは、火を見るより明らかだ。

 クレーン車から連想させられた、フォークリフトに関係した 1 年ほど前の次のような記事が msn.ニュースにあった。毎日新聞 2005年12月30日付記事「縦並び社会・格差の現場から:派遣労働の闇」より抜粋しておく。

 位はいの横の写真は、はにかんだ笑顔だ。

 事故は昨年6月、静岡県藤枝市の冷蔵倉庫で起きた。平野和雅さん(当時24歳)は無免許でフォークリフトの作業中、崩れたコンテナの下敷きになる。専門学校を出て職を変えた末、派遣・請負最大手のクリスタル(本社・京都)の子会社で求人を見つけ、03年11月から働き始めた。

 父武治さん(49)は一人息子に「きちんとした仕事についた」と聞かされ安心した。フォークリフトの作業を命じられたのは昨年4月。同社とクリスタル側は免許取得の費用を負担せず、無免許のまま働かせた。零下30度の中でマグロなどを運ぶ。時給は1200円。子会社の取り分はこれとは別に550円にもなる。アパート代を除くといくらも残らない。それでも正月には妹にうれしそうにお年玉を渡した。

 事故の数日前、母三津枝さん(48)は、たくましくなった息子に声をかけられた。「母さんの葬式はおれが出してやるからな」。遺影は母がアパートからやっと見つけた。

 裁判所は今年5月、子会社らに労働安全衛生法違反などで罰金の略式命令を出した。労働者派遣法では、刑罰が確定すると派遣業の許可取り消しの対象になる。だが子会社は略式命令の直前、許可を持つグループ会社と合併したため、法律上取り消しできない。愛知労働局は営業所に事業停止命令を出すしかなかった。別の子会社は6月に業務改善命令を受けた。

 同社は未上場。急増する売り上げは05年3月期で5387億円に上る。今年3月時点で抱える労働者と社員は13万人を超え、ホンダやNECの各グループに匹敵する。林純一オーナー(61)が子会社の社長会で経営姿勢を40項目にまとめた資料を配った。中にはこんな記載がある。「業界ナンバー1になるには違法行為が許される」

ワーキングプワという身近すぎる問題 2007.3.21

 わたしの誕生日に娘が買ってくれる予定でまだだったバッグを、娘が明日デパートに見に行こうという。

 いわゆるワーキングプワから脱したいと思っても脱せないでいる契約社員である娘に、いくらか値の張るバッグを買って貰うのは気がひけるが、まあ日頃、家政婦役を務めてやっているご褒美と思うことにしよう。

 それにしても、就職難がピークに達した娘の世代はこの先どうなるのかと思うと、暗い気持ちになる。結婚披露宴の招待状などが舞い込んできてもいい年頃なのだが、娘も娘の友人たちも皆、不安定な暮らしに呑まれているという感じだ。

 娘が勤務する書店に、娘と同じ市立大学卒で、いくつか年上の同じ契約社員の男性がいるが、話を聞いていると同僚として頼りになる、感じのいい人のようだ。

 彼は転職組である。新卒で就職した会社が企業統合で多角経営となり、思ってもみなかったフード産業に送り込まれてしまったらしい。あまりの酷使に体が続かなくなったので、仕方なく辞め、正社員として就職できないまま、契約社員として働いているのだという。

 英語が堪能で、真面目で、覇気もある若者でありながら……。娘の世代だけではなく、上の世代の転職組も入れれば、現在日本ではどれくらいの人間がワーキングプワの状況に陥らされていることかと思う。

 そして、彼らがやがて、この国において中心的な役割を担わなければならない、最も頼りにされるはずの年齢域に入ることを考えれば、規制緩和政策のせいで、日本は取り返しのつかないことになってしまったと思わざるをえない。

 彼は、今年中に正社員になれる見込みが立たなければ、転職するそうだ。実は娘も転職を考えているようで、ネットで中途採用の口を漁ってはエントリーしたりしている。

 夫は流通業に勤めているが、夫の話によると、会社はすっかり能力主義となってしまっていて、それはつまり、よほど能力のある人間を別にすれば、給料が減るということを意味するから、そのため、部下たちは子供を大学にやることが難しくなってきているようだという。

 4 月に大学院に進学する息子の話なども、聞いていると、別の不安が生じる。

 旧帝大クラスの大学の大学院が、国の方針からか、研究室をどんどん増やしているという。それで、そうした大学の大学院に入るのは、特に研究室を選びさえしなければ、簡単なのだそうだ。

 旧帝大の大学院が国の方針で研究室をどんどん増やしているのだとすれば、国はいずれそれ以外の大学院の研究室を潰し、大学院自体をなくすつもりなのではないかという疑惑がわいてしまう。

 日本の半分の県から国立大学がなくなるかもしれないという新聞記事が頭をよぎる。そればかりか、もしかしたら、旧帝大クラスの大学しか残さないつもりなのでは……?

 息子と同じ科の友人たちは半分が今いる大学の大学院に進み、もう半分は京大に 2 人、阪大に 4 人、1 人が薬学に移るらしい。京大や阪大に行く友人たちは、就職のためにブランドを選んだというのが実態らしい。地理的に近ければ、当然、東大も選択肢に入っただろう。

 就職のためには、息子もそうしたほうがよかったのだろうか。

 とはいえ、増設されて数を増やした研究室は玉石混交と想像でき、今の大学で行きたい研究室が見つかり、そこに入れて貰うことにした息子の選択は自然だとはいえる。

 娘にしても、息子にしても、巣立ちをしようとする大事な時期に国の大改革に遭遇してしまった。バルザックの小説を読んでいると、フランス革命による血の粛清ということを別にすれば、制度の改変で右往左往する庶民の描写には今の日本に通じるところがある。

 小泉劇場が勝利の幕を下す前日に、わたしは空間に赤い点――赤い光を見た。神秘主義の文献*1には、これは大気のひじょうな緊張のあらわれを意味していて、大地震か革命の前触れだと解説されている。

 血の粛清こそなかったとはいえ、短期間に起きた日本の大きな変化を考えれば、実質的には革命が起きたようなものだったといえるのかもしれない。この先日本は、どうなるのだろう? 

*1:ヘレナ・レーリッヒの手紙Ⅰp.341