翌日も篠崎カミラは駅前にいた。僕たちは「おはよう」、「おっ、おはよう、ごっ、ございます」と挨拶を交わし、足早に会社へ向かった。新調した服は彼女によく似合っていた。背が高く、スタイルも悪くないので着映えがするのだろう。


「み、見ましたか? ひ、ひ、左肩」
 しばらく歩いてから篠崎カミラはそう訊いてきた。

「もちろん。見ないわけにはいかないだろ。なんてったって自分の肩なんでね」


 そうこたえながら僕はちらちらと彼女を見ていた。濃いブルーのワンピースは大股に歩くたびに生地を太腿に密着させた。きっと柔らかな素材だからだな――などと考え、僕はあくまでも服の方に意識を向けるようにした。そうしないと肉体に目がいってしまうからだ。ふむ、彼女の力を完全なものにするにはセックスが必要なんだな――なんてふうに思ってしまうのだ。実際にも僕の試みは幾度も失敗した。胸元はドレスコードぎりぎりにあいていたし、そこにはきめの整った肌が見えた。自分が選んだものなので当然だけど彼女の格好は僕の趣味に合っていた。どうあってもグッときてしまう。

「で、ど、どうでした?」


「え?」と言って僕は立ちどまった。聞き間違えをしていたのだ。僕には「で、どうですか?」と聞こえていた。
「いや、どうですかって言われても。その、なんだ、」


 すこし汗ばんだ胸元に目を向け、僕はなんて言うべきか考えていた。うん、意外にあるんだな。手頃な大きさだ――などと考えていたけれど、そんなことは言えない。というか、言うべきでない。セクハラまがいのことだし、なんといっても爽やかな朝なのだ。

「あっ、あの、」
 篠崎カミラは僕の視線をたどって頬を赤らめた。
「わ、私が、い、い、言ったのは、か、肩のことです。そ、その、ど、どうでしたかって、い、言ったのは、さ、佐々木さんの、か、肩のことです」


「ああ」
 僕は口を覆って歩きだした。自分の顔も赤くなってるのがわかった。篠崎カミラは胸を張り気味にして横にぴったりついてきた。きっと自信を深めでもしたのだろう。

「どうもこうもないよ。昨日は部屋中の電気を全部つけて、テレビもつけっ放しにして寝た。髪を洗うときも目をあけてた。鏡は見ないようにしながらね」


「じゃ、じゃあ、や、やっぱり、」
「ああ、べったりついてた。まるで手形みたいのがね。っていうか、そうなってるってわかってたんじゃないのか?」

「い、いえ、そ、そこまでは。で、でも、き、昨日、タ、タクシーを、ま、待ってる、あ、あいだに、つ、つ、強い、ち、力を、か、か、感じたんです。も、ものすごく、つ、強い、ち、力を」


「ものすごく強い力ね」
 篠崎カミラは目を細めて僕の左肩を見つめた。まるでそうするだけで痣のようなものが透過して見えるかのような目つきだった。僕は激しく落ち着かない気分になった。


「なあ、これってどういうことだ? 僕に憑いてる『すごいの』はなにをしようとしてる?」


 そう言ってるときに僕は左肩を強くつかまれた。あまりにも時宜を得たタイミングだったので(といっていいかはわからないけど)、僕は「んあっ!」と叫んでしまった。

「なんなんだよ、いまの『んあっ!』ってのは」
 急いで振り向くと、小林のニヤけた顔があった。


「朝から聞くのにはそぐわねえ声だな。まるで背後から刺されたみてえだったぞ」
 小林は僕をじっと見つめてから、篠崎カミラの方へ向きなおった。


「おはよう、カミラちゃん」
「あっ、あの、おっ、おはよう、ごっ、ございます」


「こうやっていつも二人仲良くご出勤かい? いやぁ、うらやましい限りだね。それに、」
 身体を反らすようにして小林は篠崎カミラの全体をしげしげと眺めた。


「こんなかわいい子を連れての出勤となっちゃ、噂もたつわけだ。いや、ほんとびっくりだよ。こう言っちゃ悪いけど、見違えるってのはこういうのを言うんだろうな」

「い、いえ、あっ、あの、そ、そんな、」
 僕はさっさと歩きだした。二人もついてきた。出勤途中なのだから、そうなって当然だ。


「カミラちゃん、あのな、俺はずっとこいつにラインしてたんだ。それなのにずっと無視してんだよ。ひどくないか? この親友たる俺にたいして無視を決めこむなんてな。昨日だって何件も送ってたってのによ、全部スルーだぜ。既読にもならないんだ。ほんとひどい奴だろ?」


「い、いえ、き、昨日に、か、か、関しましては、ふ、ふ、深い、わ、わけが、ごっ、ございまして、」

 小林はその言葉遣いを訝しむような表情をしていた。それから、真顔で僕をじっと見つめた。


「深いわけか。ふむ。――ところで、カミラちゃん、俺のことは知ってる?」
「いっ、いえ、も、申し訳、ごっ、ございません。さ、佐々木さんと、な、仲がいい方だとは、ぞ、存じあげて、い、い、いるんですが、お、お、お名前までは」


「なるほど。こいつと仲がいいのは存じあげてくれてたんだな。でも、残念なことにちょっと認識が違うな。ただ仲がいいだけじゃない。さっきもさりげなくアピールしといたんだが俺はこいつの親友なんだよ。大親友だ」
「そ、そ、そうでしたか」


 こういうやりとりが交わされているあいだ僕は黙々と歩きつづけていた。うんざりしてたのは言うまでもない。


 

 

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