「わ、わ、わかりました」という声が聞こえてきた。

「は?」
「い、いえ、こ、こ、これは、ちょっ、ちょっ、直感のような、も、ものなんですが、」
「で、なに?」
「あっ、あの、も、も、もしかしたら、ま、ま、間違ってると、い、い、いうことも、あ、あるかも、し、しれないのですけど、」

 

「うん、で?」
 極力苛々しないよう僕は呼吸を整えた。胸に手をあて、呼気をコントロールした。

 

「さ、佐々木さんの、お、お部屋に、な、なにか、ち、ち、小さい、キ、キラキラした、ほ、ほ、宝石みたいなものが、あ、ありませんか?」
「小さくてキラキラした宝石みたいなもの?」

 

「そっ、そ、そうです。きっ、きっ、きっと、お、お近くに、あ、あると思います。お、お、思いあたる、も、ものは、あっ、ありませんか? そ、その、え、ええと、な、なんて、い、言ったら、――あっ、ああ、そ、そう、ひ、ひ、ひとつの、い、色でなく、い、幾つかの、ま、ま、まだらに、み、見える、よ、ような、ほ、ほ、宝石みたいな、」

 

「それで、それがなんだっていうんだ?」
 僕がそう言った瞬間に明かりはまた明滅しだした。さっきよりもゆっくりと消え、もったりつくようになった。

 

「おい、また電気がちかちかしはじめたぞ。これはどういうことだ?」
「ね、ね、念が、つ、強まってるんです。わ、私が、か、か、考えてたのは、ぜ、ぜ、全然、ち、違ってたかも、し、しれません」
 それだってなに言ってるかわからないよ――と僕は思った。テレビは無軌道にチャンネルを変えはじめた。天井の方からはパシンっという音も聞こえた。電球が切れたときと似た音だった。

「とにかく、そのいろんな色にみえる宝石みたいのがなんだっていうんだよ」
「そ、そ、それを、さ、探して、く、ください。そ、それは、き、き、きっと、さ、佐々木さんの、た、助けに、な、なるものの、は、はずですから」

 

 ん? と思い、僕は一直線にキッチンボウルへ向かった。それはあった。オパールの嵌まったネクタイピンだ。それを手にすると、明かりはふたたび安定した。
「ふうっ」
 僕は床にへたり込んだ。なんだかよくわからないけど助かったんだろう――と思った。

「どっ、どうですか? み、見つかりましたか?」
「ああ、見つかった。で、明かりもきちんとついた。これのおかげってことか?」

 

「た、たぶん、そ、そうです。わ、私にも、よ、よくは、わ、わかりませんが、そ、そ、そういうものが、み、み、見えたんです。さ、佐々木さんを、お、お、お助け、し、しなきゃと、お、思っていたら、み、み、見えてきたんです」
「それで、これから僕はどうしたらいい?」
 そう言ってから僕は頭を掻きまわした。完璧に篠崎カミラのペースになってる。だけど、これはしょうがないことだ。

「と、と、とりあえずは、そ、それを、は、肌身離さず、も、持っていて、く、ください。き、き、きっと、しゅ、守護霊様と、か、か、関わりが、あ、あるはずの、も、ものですから」
「これが?」
 僕は古めかしいネクタイピンを眺めた。いつから部屋にあったのかもわからないものだってのにか?

 

「え、ええと、と、ところで、そ、そ、それは、な、なんですか?」
「ああ、そこまではわからないのか。ネクタイピンだよ。オパールの嵌まったネクタイピンだ。だけど、これを肌身離さずってもなぁ」

「で、でも、は、離さない、ほ、方が、い、いいですよ。あ、あとで、は、母が、も、戻ったら、き、聞いておきます。そ、それで、お、お電話、い、い、いたします」
「わかった。ありがとう」
「い、い、いえ、そ、そ、そんな。あっ、あの、も、もし、ふ、ふ、不安に思うことが、あっ、あったら、い、いつでも、お、お電話、し、し、してください。わ、私は、す、す、すぐ、で、出られるように、し、しておきますので」

 僕は重ねて礼を言った。それから、部屋中をぐるりと見渡した。もちろんまだ怖かったけど、すこしは落ち着いてきた。やはりそれは篠崎カミラのおかげなのだろう。念のため部屋をすべて見てまわってから僕はネクタイピンを握ったままシャワーを浴び、ビールを飲みつつパスタを食べた。そのあいだずっと篠崎カミラのことを考えていた。恐怖を紛らすためでもあったけど、それだけではなかった。彼女の全体、大きな目、薄く高い鼻、鋭角な顎、唇、それにしゃべり声。それらはしっかりと僕の中にあった。なにひとつ欠けた部分なく存在していた。


 

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