「わかってるよ」と髙橋慎二は言った。
「君に相談するのは筋違いってものなんだろう。それはわかってる。だけど、しょうがないんだよ。こんなこと他の誰に言える?」
「猫にでも言えば?」
「言うさ。きっとね。だけど、猫はなにも言ってくれない」
「だって、あなたはそれが良くって猫を飼ってるんでしょ? 無駄口を叩かないから」
髙橋慎二はビールをひとくち飲んだ。ミキが腹をたてているのはわかっていた。これは昔と変わらない、と彼は思った。突然彼女が腹をたて、席を立つというのはよく経験したことだ。ただ、そういうときでも彼はそれを受け容れてきた。彼はめったに腹をたてない。そのように訓練してきたのだ。
「確かにね。そうなんだろう。猫は俺を混乱させるようなことは言わない。だけど、それが猫を飼っている理由のすべてじゃない」
ミキは組んでいた手をほどき、椅子に深く座りなおした。そうすることによって離れた彼の顔をじっと見た。眉間には皺が寄っていった。それが彼女にはわかった。しかし、そのままにさせた。
「芯の部分が凍ってるんだわ」とミキは言った。
「は?」
「あなたのことよ。あなたの芯の部分は凍ってる。人を拒絶してるの。それが、あなたが猫を飼ってる理由よ。前からそうだったわ。今だってそう。ほんとは私の態度が気に入らないんでしょ? でも、そう見せようとしない。クールぶってるんじゃないわ。芯の部分がもともと凍ってるからよ」
「は? どうしたんだよ、いったい」
「どうもしてないわ。思ったことを言ってるだけ。――ううん、これはずっと前から思ってたことよ。あなたは芯の部分が凍ってるの。こんなふうに言われても顔色ひとつ変えないでしょ? それはあなたの心が冷たく凍ってるからよ」
「違う。冷静なだけだ」
髙橋慎二はそう言った。ニヤついてみせようと思ったけれど、それもうまくいかなかった。
「冷静さとは違う。深く、きちんと関わりあおうとしてないだけ」
そう。この人はずっとそうだった。いつでも腹をたてるのは私だけ。どれだけ私が苛々しても、この人はそれをすべてのみこんでしまう。そういうのがどれだけ悲しいことなのか、この人はわかってない。私とだってきちんと関わりあおうとしていなかったんだ。
《僕が書いた中で最も真面目っぽい小説
『Pavane pour une infante defunte』です。
どうぞ(いえ、どうか)お読みください》