当時の話に戻そう。

 

 夕食を一緒にとってるときの父さんは、いつも話題の中心になろうとした。そうでないとき――中心から外れてるときは、ぼうっとした顔をして真昼ちゃんを心配させた。

 

 しかし、秋が深まりだした頃から、その真昼ちゃんも《不安感》を訴えるようになった。

 

 心配のあまりそうなったようにも思えたけど、それだけではないようだった。胸の辺りを押さえ、沈んだ顔つきのまま立ちどまってることが多くなった(それまでの真昼ちゃんは常に忙しく動きまわっていて、止まることがなかった)。僕たちはそういう姿を見るたび「大丈夫?」と声をかけた。

 

「ええ、まあね。でも、なにか――どういったことかわからないけど、なにか起こりそうな気がするのよ」

 

 真昼ちゃんは胸から手をおろし、そう言った。

 

 それはFishBowlにもたらされた新たな予言という側面を持っていたのかもしれない。ただ、本人の言うように「わからない」ものにたいしてだったので、つかみどころがなかった。不安というだけでは、なにが待ち構えてるかわかりようがないのだ。

 

 調子が良いときの父さんは、こう言ってからかった。

 

「そりゃ更年期ってやつなんじゃねえか? 真昼もそういうお年頃になったってわけさ。ま、もうちょっとエストロゲンの量を増やすんだな。それとも、いっそのこと男に逆戻りすっか?」

 

 真昼ちゃんは腕組みして、父さんをにらみつけた。

 

「なによ、あんた、男にも更年期があるって知らないの? あんただってそういうお年頃になってるんだからね。いい? 男はそうなると途端にやる気をなくすっていうわよ」

 

「やる気をなくす? 俺がか? そんなことあると思うのか?」

 

 父さんはグラスになみなみとビールを注ぎ、それをぐいっと飲んだ。

 

 本人としてはやる気に満ちた姿を見せつけてるつもりだったのだろうけど、目に光は乏しかった。そういう状態はしばらくつづくことになった。真昼ちゃんは胸を押さえながら、その言動の端々に立ちなおりのきざしはないかと見つめていた。そして、これもしばらくつづくことになった。

 

 不安のもとがなにであったにせよ、それに真昼ちゃんが馴れるのはだいぶん先だった。

 

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