朝自分のセットしたアラームの音を聞いた瞬間、わたしは絶望感を覚えます。無理やり目が覚めたときの頭の重さと体の気怠さ、もはや起きることへの恐怖を感じます。
ひとつの目覚ましでは起きることが出来ず、スマートフォンを枕元に、目覚まし時計を遠くの机の上に置いて毎日起きようとしていましたが、親が鳴り止まない目覚ましを止めにきて怒られることがしょっちゅうでした。

そんなわたしも高校卒業まではなんとか起きて学校に通っていました。しかし通学で利用する電車では何度も降車駅を寝過ごし、折り返した見知らぬ駅で目を覚ますことが何度もありましたし、授業中も眠くなかったことは一度もないくらいでした。そしてやっと夕方になると目が覚めてくるのです。

このままではいけないと何度も早く寝ようとしたり、枕を変えてみたり、目覚ましを1分刻みでセットしたり(友達がわたしのアラームの設定を見て驚愕していました)…しかし良い方法は見つからず、しまいには病院にも出向きました。診察の結果わたしは低血圧らしく、しかもかなり低く、これが原因で朝起きられないのではと告げられました。

しかし、世の中には高血圧を治す情報は溢れていますが、低血圧についてはあまり解決策がないようで、半ばあきらめのような気持ちでその後を過ごしました。

最終的には、朝早く起きなくても良い仕事を選ぶようになりました。わたしの場合は飲食関係の仕事です。朝に余裕がある方が、気持ち的に楽ですし、わたしの場合は体もその方が調子が良いようでした。その上お給料も比較的高いところが多く、幸いにもわたしは夜は全然眠くならないくらい強かったので、深夜料金なるものをいただくこともできました。

ただ、世の中では早寝早起きが推奨され、なんだか罪悪感のような、自分だけ違う劣等感のようなものを正直感じていました。朝活といって時間を有効に使う眩しい人達。朝すっきり起きて清々しく一日を初めてみたい。わたしはなぜ起きられないのか、ただの怠惰なのか…心の奥底でいつもモヤモヤしていました。

そんなある日、ある心理学者の人の動画でわたしの気持ちは一転しました。世の中には一定数朝が起きられない人がいて、それは変えることができず、そういった人達は夜に最も集中できるので、一般の人たちと同じ生活するのは難しいと。これは本来がっかりするべきなのかもしれませんが、わたしの場合は断言してもらったことでどんよりとした霧が晴れるようにすっきりとしました。

しかもそういった人達の方が、実は能力が高い人が多いと言っていたのです。この真相はわかりませんが、はっきりと言い切ってくれたことで、わたしは諦めることに踏ん切りができました。

それからは罪悪感も一切なくなり、どうやったら自分のリズムにあった生活ができるかを最優先してすべての物事を決めています。よく考えれば、昼頃から始まって夜遅くに終わる仕事は沢山ありますし、なんと言っても満員電車に乗らなくてもいいというメリットもあります。朝から誘ってくる友人もいませんし、特に問題なく過ごせることに気が付きました。

そういった中で過ごしているうちに発見したことがもう一つあります。それは、朝「起きなくてはいけない」という一種の恐怖によって余計に起きられなくなっていたということに気づいたのです。

起きても起きなくてもよい、というリラックスした気持ちでいた方が断然目覚めがよいのです。これについては先述の心理学者も述べていましたが、朝起きて一番のに考えることが脳にとても影響するようで、起きても起きなくてもよいと思いながら、今日は昨日買ったどこどこのパン屋さんのクロワッサンを食べよう!などとポジティブな気持ちにもってくることで、目覚めに変化がでるのです。

以上のことでわたしが辿り着いたのは、まず起きることを諦めて、起きても起きなくてもよいと思いながらワクワクすることを考えるということです。爆音で不快な目覚ましもやめ、小鳥が控えめに囀る音にし、目が覚めてもしばらくゆっくりしてから起きるようにしました。そしていつも新鮮なフルーツを用意してそのことを考えながら起きるようにしています。
起きられなかったら、それでいいのです。自分を責めることをやめました。

世の中には朝起きられない人が一定数いて、それは努力ではどうにもならない場合があるのです。それを色々な人にも知ってもらいたいですし、理解してほしい。他人にそれを求めることはなかなか難しいかもしれませんが、自分が知っているだけでも、随分と気が楽になるものです。
起きてすぐの時間がワクワクするような時間になるようにする。わたしの場合は食いしん坊なので食べ物ですが、大好きな音楽だったり、興味のある本だったり。
時間的に縛りがある人も多いと思いますが、工夫次第でどうにかなるものです。わたしのように朝起きられなくて苦しむ人がいなくなるように、祈っています。