中央官庁による障害者雇用の水増し問題について、ココライフの障害タレントが声を上げる | 艶(あで)やかに派手やかに

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ウェブメディア「ITmedia」に、 私がボランティアでライターをしているココライフタレント部の小澤綾子さん(左)と松田昌美さん(右)が取材されました。
中央官庁による障害者雇用の水増し問題について、それぞれの経験や見解を述べています。
障害者はただの「数字」なのか: 
障害者雇用水増しに「怒りより痛み感じて」車いすの歌姫の叫び 
ぜひお読みください。(写真は上記リンク先より引用)
 
「憤りを通り越して『やっぱりそうなの』って思った。私の見てきた世界は幻じゃない、やっぱり現実だった」(全盲の松田さん
省庁の障害者雇用水増し問題が報じられたことをきっかけに、ココライフタレント部の障害タレントが勇気を持って声を上げ始めました。
マチャミこと松田さんは、障害者雇用で働いていた会社での差別・いじめ・パワハラ被害を告白しています。
「あなたは法定雇用率の達成のために、座っていることが仕事」
彼女は以前にも東洋経済のインタビューで、このことについて語っていましたが、
その時には「当時の私の力量が足りなかったんですけどね」と、
過去の会社のせいにせず、道を切り開く姿勢を示していました。
それがとても愛おしい。
当事者は言えなかった、ハラスメントについて、企業や社会の欠陥について。
でも、東京医大入試の男子学生合格水増しのような女性の活躍を阻む壁が都市伝説ではなく現実だったの同様に、障害者の活躍を阻む壁も当事者の被害妄想や責任転嫁ではなく現実でした。
 
松田さんは一方で、互いに近づくことの難しさも語っています。
「私たちの心が分からない人と分かり合う気はないです。見つめる気がない人と、見つめ合いたくはない」
一見冷めたような発言ですが、確かに、分からない・分かろうとしない人に「分かれ」と言う方が、それこそ見えない人に「杖なしで歩け」というのと同種の暴力に思えてきます。
それより、分かりやすい人から分かってもらい、外堀を埋めていくのがいいと思われます。
 
綾子さんは、「怒りではなくて、もっと良くするためのエネルギーにしたい」と語っています。
省庁の障害者雇用水増しといい、東京医大入試の男子学生水増しといい、こういうことは明るみになったことで良かったのではないでしょうか。
「差別ケシカラン」「日本サイテー」という感情論だけで終わらせてはならないことです。
 
障害者の法定雇用率が「障害者を数合わせの対象にする差別」という意見がある一方で、
障害者と健常者の壁をなくすというのは簡単なことではないと思います。
綾子さんは、勤務先である外資系IT企業で、チームリーダーを任され、仕事量も昇進スピードも健常者の同僚たちと何も変わらない、といいます。
ただ、大学でも成績優秀で、終電帰りの勤務もこなすという彼女と違い、
障害や障害ゆえの機会損失により能力が低くなっている人(例えば重度身体障害、知的障害者)などは、このような流れに乗っていくことができるでしょうか。
企業はそのような人々に、どこまでフォローできるでしょうか。
かといって福祉作業所のような職場も、活躍したい人から見れば「保護されている感」が強すぎて成長しにくいと感じ、かえって不適応につながることがあります。
10年前に出版された著書ですが、障害者の就労支援に携わる木村志義さんの著書によると、
「アメリカでは障害者への差別禁止の考えが進むにつれて、障害者へのアファーマティブアクション(差別是正を目的とした法定雇用率のようなもの)が障害者を優遇する差別的な制度だと問題視されるようになり、廃止された。
しかしその後、障害者の雇用率はかえって後退してしまった」とあります。
これではいけないということで、最近ではアメリカでも法定雇用率を再度導入しようという動きがあります。
欧米といっても国によって様々であり、ひとくくりにして言うことはできないことです。
 
法定雇用率制度については、このような指摘をしている人もいます。
「障害者雇用の水増し」で露呈する“法定雇用率制度の限界” 
役所の法定雇用率が、なぜ民間よりも高く設定されているのかを考える必要がある。障害者を雇用することは、企業にとっては大変なことなので、雇用が義務化された時に「命令する役所がまず手本を示せ」という発想があったのではないか。この発想が先にあって、役所が企業よりも多くの障害者を雇うことには、理論的な根拠がなかったのではないかと考えている。
役所の仕事は、基本的に事務的なものが多い。そこからどれだけ障害者のために仕事を作れるだろうか。

そもそも中央省庁などの役所は忙しすぎる。仕事の量が市場経済で決まっていないために、仕事量を自分たちでコントロールできない。政治家も役人をこき使う。国会対応も含め寝る間を惜しんで仕事をするのが当たり前の世界だ。近年では、アウトソーシングが進み、役人の数も減らされ、本省庁にはコアな事務仕事しか残っていない。かといって民間企業のように障害者を専門に雇い入れる子会社を設立できるわけでもない。

そんな状況のまま障害者を多数雇うのは容易でない。だから実のところは、役所にことさら高い雇用率を課す必然性はないのだ。むしろ今回のような問題を引き起こす弊害の方が大きいだろう。(リンク先より引用)

 
今回の問題でもうひとつ考えさせられたのが、障害者と健常者の線引きについて。
省庁の雇用率水増し問題では、担当者が障害者手帳をもらえない程度の障害の人も算入していたことが報じられています。
このことも木村さんの著書で読んだのですが、日本では障害者の数が諸外国に比べ少ないといわれます。
障害認定基準が諸外国に比べ厳しすぎることが理由です。
また、ココライフ女子部の元山編集長のような人工股関節を使用している人は障害者手帳をもらえることが多いが、
NHK朝ドラ「半分、青い」のヒロインのような片耳だけが聞こえない人はもらえないことが多い、
という不明確な面もあります。
発達障害も手帳が発行されるようになったのは最近のことです。
現在は手帳の対象とならない人を勝手に算入することを推奨するわけではないですが、
障害者の雇用率のノルマを上げるなら、同時に障害者手帳の対象となる人の数を増やすという策をとっていく必要があると思うのです。
(2018年4月に法定雇用率が引き上げられた時には、精神障害者手帳をもつ人が新たに算入対象となりました)