※BGMと共にお楽しみください。
―トシ、起きろ。
歳三が目を開けると、そこは何故か試衛館道場の中だった。
そこには、死んだ筈の勇や平助、原田、山南、そして総司が居た。
「勝っちゃん、俺は・・」
「トシ、もう一人で苦しまなくていいんだ、一緒に逝こう。」
「あぁ・・」
歳三がそう言いながら勇達に向かって手を伸ばそうとした時、急に周囲が闇に包まれた。
―勝っちゃん、総司、何処だ!
絶望に包まれながら暗闇の中で歳三が打ちひしがれていると、誰かが自分を背後から優しく抱き締めた。
“土方さん、そんなに悲しまないで。いつかきっと、また必ず会えますから。”
―総司・・
歳三が振り向くと、そこには自分に優しく微笑んでいる総司の姿があった。
―総司、必ず・・どんな所にお前が居ても、必ずお前を見つけてやるから、それまで待っていてくれ!
“待っています。”
「土方さん、気が付かれたんですね、良かった!」
「千、ここは何処だ?」
「ここは、フランス行きの船の中です。ブリュネさんが手配してくれました。」
「そうか。」
歳三がそう言って起き上がろうとした時、右脇腹に激痛が走った。
「まだ無理をしないで下さい、傷がまだ塞がっていないんですから。」
「千、俺達はこれからどうなるんだ?」
「それは、わかりません。ただ、僕はこれから荻野さんの代わりに英国で生きるつもりです。」
「向こうにはバレるんじゃねぇか?いくらお前があいつの振りをしても、完璧にあいつになりすます事は出来ないんじゃ・・」
「それはやってみるしかないですね。」
千はそう言うと、歳三のベッドの傍に置いてある椅子に腰掛けた。
「その本は何だ?」
「ラテン語の教科書です。上流階級ではラテン語の習得が必須なので。」
「難しいな・・こんなの頭に入るのか?」
「時間はたっぷりあるので、大丈夫です。」
「千、胸の傷は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。」
「お前ぇは若いから、何でもやれるからいいな・・」
「何言っているんですか、やる気さえあれば何でも出来ますって!」
「そうか。でも俺はこんな身体だし、暫くは動けねぇ。ベッドの上でも出来る事ってねぇか?」
「刺繍とかはどうですか?はじめは難しいと思いますが、慣れれば楽しいですよ。あと、レース編みとか。」
「いいかもしれねぇな、退屈しないで済みそうだ。」
歳三はそう言って笑った。
歳三達を乗せた船は、南アフリカ・ケープタウンに寄港した。
風光明媚な風景を眺めながら、千と歳三は一旦船から降りて、ケープタウンの街を散策した。
歳三は徐々に回復していったが、医師からはまだ歩くのは無理だと言われ、車椅子に乗る事になった。
「何だか情けねぇな、自分の足で歩けねぇのは。」
「暫く辛抱して下さい、土方さん。」
「あぁ。」
そんな事を話しながら千が歳三と海岸沿いの道を歩いていると、歳三がふと水平線の向こうを見つめたかと思うと、彼は押し殺したような声で、こう呟いた。
「総司にも、見せてやりたかったな・・」
歳三の紫紺の瞳が、涙で潤んでいる事に千は気づいた。
「土方さん、お腹空きませんか?あそこのお店、おいしそうですよ。」
「そうだな・・」
千が歳三と共に近くのレストランで食事を取ろうと中に入ると、周囲の白人客達が何かを囁き合いながら二人を見た。
(何だろう?)
『お客様、申し訳ありませんが、お連れのお客様はお外でお待ち頂いて・・』
『彼は僕の大切な友人です。』
『ですが・・』
千はこの時初めて、人種差別を受けている事に気づいた。
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