高校生の頃の話だ。

ある秋の日の午後、いつものメンバー…友人の下田となっちゃんと僕で…、 いつものように少し遠出をして、いつものような…見知らぬ山奥で…迷っていた(笑)

山で迷う事はさして珍しい事でも無く、日常茶飯事だったのだが…。

「おい…、ちょっと…大丈夫か…?」

方向感覚に自信の無い僕は下田に尋ねる。下田の方向感覚の強さは、なっちゃんも認める所で、僕らは下田の指示に従う事に異論は無い…。だが…

「いや…たぶん…。こっちで合ってると…思うんやけど…。」

いつもと違って下田の言葉に覇気が無い…。

僕らはその時、自分達の自転車を置いた山の麓に戻りたかったわけだが、 酷い方向音痴の僕にとっては見る物全てが初見の場所だ…。

いつも楽観的に、頼り甲斐のある下田の背中についていけば良かったのだが…、この時ばかりは…何か違っていた。

鬱蒼とした森林の中で、幾度も立ち止まり、その度に考えるような下田の仕草は…僕らを不安にした。

「おい…、ほんまにこっちか…?」

さすがのなっちゃんも、恐る恐る下田にそんな事を尋ねる…。

「方向的には…こっちであってる筈やねん…。でも何か……。」

と下田は首を傾げている…。

「何か…何やねん…?」

と、なっちゃんが尋ねるが、下田は首を振るばかり…で答えなかった。

「おい…、無理せんでいいぞ…。お前がわからんなら…誰もわからんし…。最悪…下に下ったらいつかは降りれる筈やしな…。」

と、フォローした僕に、下田は礼を言い

「いや…何か…、何か…変やねん。同じ所をぐるぐる回ってるような…。」

と、奇妙な一人言を呟いた。

『バキッ!』

後方から木の枝を折る音、驚いて振り返った僕は、

「おい。びびらせんな…。あと…下田を追い込んだんな…。」

となっちゃんに文句を言うと、彼は

「あ…すまん。すまん。そんなつもりじゃ無かってん。」

と、苦笑いで返してきた…。

…だが…いつまでも山中にいるわけにも行かない…。日が暮れるとマズい…

と考えた僕は、

「おい、とりあえず今は自転車の場所を諦めて、下に下りてから探そう…。」

と提案し、皆もその案にのった。

「すまん…。」

と、いつもよりも小さく見える下田の背中に

「大体の方向はわかるんやろ…。凹んでないで先導頼む。」

と僕は笑った。

そして僕らは山を下り始めた。日はまだまだ高かったが、ある種の緊張感に包まれた僕らは、無言で山を下りていた。

体感的にはかなり下ったように思えるのだが、まだ周りの景色に変化は無い…。

…あれ…?こんなに距離があったかな…?

と、感じたが…、方向に関する自信の無さから…、僕は何も言えなかった…。と、なっちゃんが

「おい…。違う…。こっちじゃない…。」

と、僕らの足を止めた。

「よな…。ちょっと長すぎるよな…。」

と、下田と目を見合わせると

「方向的には…こっちで合ってると思うんやけど…、でも…道が…あってるとは思えへん…。すまん…。今日、俺、あかんわ…。」

と、何度も謝りながら、そう言った。僕は下田を責める気などさらさら無かったが、

「いや…、そうじゃない!下田は合ってるのかも知れん…。」

と、なっちゃんが奇妙な事を言い始めた。

なっちゃんはこんな時に意味不明な冗談を言う男では無い。

「どういう意味?」

と尋ねると

「あれや…、あれ。」

と、手に持った木の枝で前方を差す。その枝の先には、枝の折れた木が立っていた。

「俺も…下田と同じように…、どうにも同じ所をぐるぐるしてるように感じてた…。だから…さっき…。」

下田ほどでは無いが、僕よりもずっと方向感覚が強いなっちゃんも、余りにも堂々巡りしているように感じ、先刻から、目印として何本か目立つ所の木の枝を折っていたのだ。

…さすが…

と言う言葉が出かかったが、それよりも先に大きな疑問が出た。

「って事は…どういう事…?」

頭が混乱し、彼が何を言いたいのか理解できない。

「俺もわからんけど…、つまり下田の言ってるように…、ほんまに同じ所をぐるぐる回っている…のかも…知れん。でも…普通に考えて、さっきから俺らはずっと下ってたのに…、同じ場所に出るわけがないやろ…。」

…そうだ…その通りだ…。つまりこれは…

「怪現象…ってか…。いつもの…。」

そっと下田を見る。

僕らは…特に僕と下田はそういう事が大好きだ…。だが…こういう時の下田は

「ヤバイ…な。早く下りよう!」

と、いつもとは違った…弱気な反応だ…。稀に下田の感覚が狂う事がある。そんな時、一つ感覚を奪われているからか…彼はいつもと違った不安気な表情を見せる…。付近を調べると共に、何が原因だ、どうしてこうなった等と一頻り騒いだ後、僕らはやっと冷静に状況の分析を始めた。

「つまり…普通の方法では…脱出は難しいか…。」

 

 

 

…さて…どうしよう…


僕らは考えた。下に行っても出られないなら…、上に行ったらどうか、と言う単純な結論に辿り着くまでにそう時間はかからなかった…。

「とりあえず行こう!上からなら道とかも見えるかも知れんし…。」

とにかくポジティブに…、と考えた僕らは今度は山を上に向かい、登り始めた。


続く…