田中淳夫  | 森林ジャーナリスト

9/17 (火) 9:57

 

千葉を訪れた。

駆け足ながら、9月9日の明け方に千葉県に上陸した

台風15号の被害を目にして、そのすさまじさを感じる

ことになった。

もっとも大変なのは、家屋などの破壊だけでなく電力の

供給網が寸断され大規模な停電が発生したことだろう。

1週間過ぎた今も停電は多くの地域で続いている。

なぜ、こんなに復旧に時間がかかるのか?

 

停電したのは強風によって、鉄塔や電信柱が倒壊した上、

おびただしい数の倒木が生じたためだろう。

倒木が道をふさぎ、事故現場に到達しにくいという問題と、

倒木そのものが架線を切断、もしくは引っかかったままに

なっている問題が重なっている。

 

現場を見て感じたことを2点を記したい。

 

非常に難しい倒木や、かかり木の処理

倒木なんて、人海戦術でさっさと片づけろと思われる

かもしれない。

だが倒木処理は、非常に難易度が高いのだ。

復旧を急いで安易に取り組むと、新たな事故を生み

かねない。

電力会社の手際の悪さを責めるよりも、より安全な

作業手順を考えないと解決しないだろう。

 

倒木処理の専門家は数少ない

大木が電線の上にのしかかって宙吊りになっていた場合、

処理するには高所作業車とクレーン車が必要となる。

場合によっては、それぞれ2台必要だろう。

宙づりの幹を切った際に落下させないようにするためには、

2か所で吊らなければならない。

そのうえで、よく樹木の性質を知っているベテラン作業員が

必要だ。

 

幹の中ほどから折れる溝腐れ病のスギ

次に気になるのは、倒木の種類だ。

街路樹や庭木などには広葉樹が目立つが、

気になるのは中途で折れているスギが多いこと。

遠目に山のスギの梢が大量に折れて、まるで

爪楊枝を立てたように見える現場もあった。

通常なら、風を受けた樹木は根元から倒れやすい

はずなのに、木の幹の途中からポキッと折れている

これは、千葉県特有の事情がありそうだ。

千葉の山には、スギ非赤枯性溝腐れ病にかかっている

スギが非常に多いからである。

 

スギ非赤枯性溝腐病の防除技術の開発/千葉県

 

溝腐れ病が千葉県で蔓延したのは、房総半島に

多く植えられた山武杉という杉の品種と関係が深い。

この品種が、溝腐れ病に非常に弱いのだ。

山武杉は、材質がよくて大木になると銘木扱い

されることもある優れた品種である。

また花粉をほとんど出さないことでも昨今注目を

集めている。

しかし問題は育て方だ。

 

捨ててしまった歴史的な森の育て方

房総半島、とくに山武地方はなだらかな丘陵地が

多いが、土質は砂岩と粘板岩の風化した痩せた

土壌である。

乾けばホコリが舞い、雨が降れば泥になる。

そこで江戸時代から独特の農林業技術が発達した。

最初は、小麦やナタネ、落花生など畑作を行いつつ

痩せ地に強いアカマツやクロマツを植える。

十数年経ち、マツの一部を薪として販売しながら、

その下にスギを植栽する。

スギはマツに保護される形で育つ。

次第にマツとスギの落葉溜まり、土地は肥えてくる。

スギが育つと間伐しながら、その跡地にヒノキを植える。

マツも大木は残しておく。

農業と平行しながらマツ、スギ、ヒノキと環境に

合わせて植え継ぎ多様性を築く。

落葉が土壌を保護するから、皆伐せずに森を維持

し続ける。

このような技術で、健全な木々を育ててきたのだ。

 

しかし、戦後は長い時間をかけて多様な木を育てる

面倒なことが嫌われた。

木材が高く売れたため残されていたアカマツの大木も

伐られた。

そして政策的にスギの一斉林づくり( 人工造林 )が

奨励された。

補助金によって全国画一的な1ヘクタール3000本の

苗の植え付けが強要されたのである。

だが皆伐してスギの苗だけを一斉に植えたのでは、

土壌保全能力が失われてしまう。

さらに、一斉造林は、適切に間伐をしないと林内の

風通しが悪くなり、樹木が健全に育たない。

スギは、溝腐れ病に罹患しやすくなった。

芯が真っ黒になるうえ、腐って溝ができると材として

まったく価値はない。

 

非赤枯性溝腐病の投稿画像一覧|🍀GreenSnap(グリーンスナップ)

 

防災にも重要な林業政策

一銭にもならないため森林経営の意欲は低下し、

大量の放棄山林が生じてしまった。

それがより溝腐れ病を蔓延させた。

そんなスギが今回バタバタと折れているのだ。

 

森にも歴史がある。

試行錯誤を経てよりよい状態を築いてきたのに、

目先の木材生産だけを考えて伝統を崩すと、

どこかに齟齬( そご )が発生する。

 

今回の災害は、風があまりに強かった台風が

引き起こしたものだ。

地域に合わせた林業技術を捨て、多様性を

失わせた末に放置を招いた林業政策も、

処理の難しい倒木を大量に発生させた一因

かもしれない。

 

ともあれ倒木処理は、二次被害を出さないよう

慎重に行ってほしい。

そして、今後の林業行政も一考していただきたい。

林業は防災にも深く関わっているのだから。

 

 

田中淳夫 森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。

自然だけではなく、人だけでもない、両者の交わる

ところに真の社会が見えてくる。

著書

『 鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵 』( 築地書館 )

『 森は怪しいワンダーランド 』 『 絶望の林業 』( 新泉社 )。

『 ゴルフ場に自然はあるか?つくられた「 里山 」 の真実 』。

他多数。

 

 

 


 

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