昔、同僚と恋愛感について話しました
今でもふと思い出す印象的な話だったのですが
当時、同僚のことを好きな同僚がいました
職場恋愛はもってのほか
身近な人と恋愛するのはありえないという同僚
井の中の蛙ってあるじゃないですか
目に見えない大きな一区切りの中にいる
限られた人たちの中から恋愛しているようで
井の中の蛙になる自分が悔しいんですよね
言いたいことはわかるけど
大きな一区切りの中に
一緒にいる人との恋愛のどこがだめなの?
自分の知らない世界は広いんですよ
同じ井の中にいない
誰かを本気で好きになるかもしれないのに
手短感が僕には無理ですね
わたし達には目に見えない
囲いのようなものがいくつかあり
(同僚がいう井の中)
悲しみの気持ちがある人には
同じように何か悲しみを持つ人が集まる囲い
のような目に見えない輪があり
疑う気持ちがある人には
同じように疑う気持ちを持つ人が集まる囲いがあり
幸福感に包まれている人には
同じように幸福感がある人が集まる囲いがあり
そしてこれらの囲いは一つではなく
自身の想いの数だけ
色々な囲いを持っているのだと思います
ですから
幸福感や感謝の囲いで一緒の人もいれば
不信感や怒りの囲いで一緒の人もいるのです
自分の周りの人を思い返してみてください
いい人もいればいやだなと思う人もいますよね
負の感情をすべて無くすのは難しいことです
負の感情に負けないくらい
楽しいや幸せ、感謝などたくさん見つけて
自分が心地よい囲いを増やすことは
自分次第でできることです
この投稿を書いていて気づいたのですが
囲いという字は
井の四方を固められていますね
まさしく井の中の蛙大海を知らずに見えました
井の中の蛙大海を知らず
されど空の深さ(青さ)を知る
後年になって
「されど空の深さを知る」
という続きが作られた話があります
狭い世界で一つのことを突き詰めたからこそ
その世界の深いところまで知ることができた
という意です
平和な囲いを自身で作れば
周りの攻撃や雑音も気にならない
囲いは良いようにも悪いようにもなるのです
自分次第で
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