長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『7月22日』

2018-10-16 | 映画レビュー(し)

2011年7月22日にノルウェーで発生した同時多発テロ事件を描く実録映画。
7月22日午後3時半頃、首都オスロの官公庁街で車に積まれた爆弾が爆発し、多くの死傷者を出した。だがそれはさらなるテロへの序曲に過ぎなかった。オスロ近郊の離れ小島ウトヤ島に集まっていた労働党青年部の集会こそが真の標的だったのだ。高校生を中心に700名もの子供たちが集まったこの島にアサルトライフルを装備した犯人が警官に成りすまして潜入。70名近い子供たちの命を奪ったのである。しかも恐るべきことにその犯行はアンネシュ・ブレイビクなるたった1人の青年によって短時間のうちに繰り広げられたのだ。

この史上稀に見る凄惨な事件の映画化に『ブラディ・サンデー』『ユナイテッド93』『キャプテン・フィリップス』で知られる社会派の巨匠ポール・グリーングラス監督が挑んだ。ノルウェー社会からの反発も大きかったというが、パワフルで緻密な仕上がりは決して当事者の感情を逆撫でしないだろう。無名俳優たちに肉薄した手持ちカメラの緊迫は今回もまるで事件現場に居合わせたかのような迫真力を生み、前半40分の惨劇に怒りと恐怖で涙をこぼれる程だ(犯人の卑劣で残忍な手口がつぶさに描かれる事からもグリーングラスの取材密度が伺える)。

これまでの監督作と異なるのは事件当日よりもその後に重点を置いている事だろう。人権派弁護士リッペスタッドはいかなる人にも平等に裁判を受ける権利があると訴えてきたが、それが仇となって犯人に弁護を依頼され、世間から後ろ指を指されてしまう。時の首相ストルテンベルクは事件を未然に防ぐことはできなかったのか自らの政治生命を賭けて責任の所在を明らかにしようとする。短いエピソードながらもこれが世界中で跋扈する反知性主義的政治家に対するカウンターであることは言うまでもない。
そして犯人によって5発もの銃弾を体に受け、重度の障害を負った青年ビリヤルこそ本作の真の主人公だ。日常も友も奪われ、脳には取り出すことのできない銃弾が埋まり、明日をも知れない命だ。自暴自棄になり、自殺も試みてしまう。彼を支える家族にも歪みが生まれた。

 それでも、とグリーングラスは訴える。卑劣な排外主義、テロリズムに対して我々文明社会は常に民主的、理性的であり続けなければならない。連帯し、強く生き続ける事が彼らと戦い、勝利できる唯一の方法なのだ。ビリヤル(ヨナス・ストラン・グラヴリ、熱演)の反撃に胸が熱くなる。7年前の事件に現在を見出し、怒りよりも希望を込めたグリーングラスの力強さに圧倒された。


『7月22日』18・ノルウェー、アイスランド
監督 ポール・グリーングラス
出演 ヨナス・ストラン・グラヴリ

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『アメリカン・スナイパー』 | トップ | 『はじまりのうた』 »

コメントを投稿

映画レビュー(し)」カテゴリの最新記事