娘は 花婿さんを見送ってからあとは

黒い着物を着て あまり表に出あるくこともなく

お婿さんの無事を祈る毎日でした。

 

そんな末の妹を 二人の姉は散々からかって面白がります。

 

「あんたせいぜい用心おしよ。

握手しようと手を出せば あの大きな前脚で

ひっぱたかれて 指の骨が砕けちまうわよ。」

 

上の姉が 喉をそらせて 嘲り笑うと 中の娘も

 

「あと、もうひとつ、熊って甘いものが好きだもの。

お菓子と間違われて頭っから ぼりぼり齧られなきゃいいわねえ。」

 

おほほほほ、

げらげらげら。

 

「なんだって、言うなりになることね。

さもないと、首根っこへし折られて あの世行きぃ。」

「まあ、結婚式までは 愉快な気持ちでいられるかもね。

熊って踊は上手だもの。」

 

おほほほほ、

げらげらげら。

 

どんなに意地悪を言われても

黒いベールを 帽子ピンで引っかけられても

末の娘は ゆらぎません。

相手にならず ひたすら お婿さんの魂のために

祈る毎日を 過ごしました。

 

 

熊皮男はといえば、今までよりも もっと、

善い行いをつみ、貧しいひとを助け

悪魔が仕掛けた誘惑に 少しもひかれず旅を続けました。

辛く 苦しい時には 胸元に 大切に抱えた

指輪のかけらが、熊皮男を勇気づけ

一歩一歩の助けとなりました。

 

そして、

ついに、

七年、

熊皮男として 暮らし 生き延びました・・・!

 

 

熊皮男は あの緑の服の悪魔と出会った荒野にやって来て

丸い木立の下で 待っていました。

ほどなく、枝葉をざわざわと揺らし、

悪魔が姿を現しました。

 

憎々し気に さも悔しそうに

こちらを睨みつけながら

 

「ほうら、こいつがお前の上着だ。

そいつは返してもらおうか。」

 

熊皮男は 騙されません。

 

「そうはいかねえよ。

まず、この俺の姿を 元に戻してもらわなきゃ。」

 

悪魔はさも悔しそうに 歯をギリギリ軋ませて

泉の水を汲んでくると、何やら呪文を唱えます。

 

熊の皮が 埃のように 砕けて消えて、

悪魔が 泉の水を振りかけると洗ったようにサッパリと

つややかな肌や髪の毛が現れ、

髭も爪も 旅立ちの日と同じように ちゃんとなりました。

いいえ、あの時より ずっとずっと、

雄々しく立派な若者です。

 

悪魔は 顔をゆがませたまま

煙になって 消えうせました。

 

 

ついに自由の身となり

若者は、勇んで街へと繰り出しました。

尽きぬ富を手に入れて、あとは幸せになるのです。

仕立て屋の店に飛び込んで 立派な身なりに整えて

白馬四頭立ての馬車に乗りこみ

あの老人の家へと 乗りつけました。

 

老人は すっかり様変わりした『熊皮男』だとは思いもせずに

どこかのお偉い 軍人様だと勘違いして

丁寧にあいさつすると 部屋へ通しました。

姉二人は 美しい男にのぼせ上り

その手を引いて右と左の腕にぶら下がりながら 

腰かけの真ん中に座らせました。

酒を注いだり 美味しいご馳走を勧めたり。

自分の一番見栄えの良い角度に 顎を上げて

しきりにすり寄ります。

 

向かいの椅子には、末の娘が

黒いベールの後ろで つつましやかに目を伏せて

一言も口を利きませんし

若者の顔さえみようといたしません。

 

若者は 娘の変わらぬ美しさに目をやりながら

老人に どうか、娘さんの一人を

お嫁にくださいと きりだしました。

 

さあ、 姉二人は 椅子から飛び上がって

二階に駆け上がると 自分の部屋へ飛び込んで

ごてごて おしろいを塗り

派手な帽子に着替えて大騒ぎを始めました。

どちらも、自分が選ばれたのだと思い込んで。

 

末の娘は そのままの場所で

静かに すわったっきり。

若者は こっそりと 葡萄酒の満たされた盃に

あの指輪のかけらを落としこみ 娘の方へ

静かに押しやりました。

娘は 杯を受け取って 礼儀正しく飲み干しましたが

底に光るものに気が付き、はっと目を上げました!

 

ぴたりと合った 瞳と瞳。

ああ、それは 3年間 ひとときも忘れる事のないひとのもの。

たかなる胸。

震える指。

 

あの、優しい声が 言っています。

 

「君が持っていてくれた 半分を出してごらん。」

 

娘の手の中で それはぴたりと合わさって

ふたたび一つの指輪になりました。

 

「そうだよ。俺がきみのお婿さんさ。

君が祈ってくれたから、神様のおめぐみで

元の姿を取り戻したんだ。」

 

若者は 娘の傍に歩み寄り そっと抱きしめキスをしました。

 

そこへ駈け込んで来た 姉二人の顔をご覧なさい!

目玉を剥き 口をぽかんと開けたまま。

この美しい男が 散々馬鹿にしてきた妹のものとなり

さらには、この男こそ あの熊皮男だと知った時

二人は 嫉妬の業火の魂を焼き尽くされて、正気を失いました。

 

喚き散らしながら ふたり 表へ駆けだして

 

ひとりは 泉に 身を投げて

ひとりは 気で首を括る。

 

 

花嫁花婿は そんなことには 気も付かず

ただただ、安心しきって 夕闇に身をゆだね

この先 いつまでも続く 幸せについて囁き合うのでした。

 

 

 

星がひとつ 空にかかるころ

誰かが こつこつ 戸を叩きました。

お婿さんが 出てみると・・・。

そこに立っていたのは 緑の上着を着こんだ あの悪魔。

 

「お前の 魂 ひとつのかわりに

ふたあつ、手に入れたぞ・・・」

 

そう 言って  

それから ふっと、消えたんですよ・・・

 

 

 

 

 

 

    おしまいです。

 

 

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きゃーーーーーー!

 

ハッピーエンドだけど、

終わり方が

 

ガツンとグリム!

 

ながなが、おつきあいありがとう!