2019年シーズン纏め セレッソ大阪

昨シーズンの終わりに、下記のような記事を書いた。
来シーズンのセレッソの課題

2018年シーズンの終わり、セレッソは、2年間に渡ってチームの指揮を執り、2017年には初タイトルを含む二冠を達成したユン・ジョンファン監督との契約を終了することを決定。新たな監督として、東京ヴェルディを率いていたスペイン人指揮官、ミゲル・アンヘル・ロティーナを招聘することになった。上記の記事はその時書いたもので、ユン監督のもとで見えていたセレッソのサッカーの課題点をまとめたものである。その記事の中では、課題を下記のように列挙した。

来シーズンのセレッソの課題

  1. 攻撃時にハーフスペースを有効に使えていない。
  2. 守備時にハーフスペースを上手く守れていない。
  3. 守備時にGKとそれ以外の選手のゴールカバーの役割分担が整理されていない。

つまり、2019年シーズンのロティーナ監督に最初に期待していたのは、上記の問題点を改善してもらうことだったのだが、期待していた通り、と言うか期待以上に、大きく改善された。特に、1と2については象徴的な選手がいて、それが右SHの水沼だった。

まず1の攻撃面については、上記の記事の中で、下記のように述べた。

来シーズンのセレッソの課題

ボールを円滑に回すためには相手のボランチとSHの間、そしてCBとSBの間にあるハーフスペースをいかに使うかが重要になるが、上記のシーンではそのスペースに水沼が入らないため、ボール回しが窮屈になっている。
(中略)
水沼の場合はどうしても、ワイドに構えて右足でクロス、という形を得意としているので、中に入ると窮屈なプレーになる。
(中略)
また、水沼をワイドに張らせて、SBにハーフスペースを使わせる(インナーラップさせる)という選択肢もあるが、そう言う形は見られなかった。

水沼、そして右SBの松田はどちらも、5レーンの一番外側でプレーしたがるタイプなので、ユン監督時代は、この2人が右サイドのタッチライン際で縦に並んだポジションを取ることが多かった。そうなると、水沼は松田からのパスを後ろ向きで受けなければならない。基本的に、守備側のチームはボールを外側に追い込むようにプレスを掛ける。そして、ボールを持ったSBに対してコースを縦に限定し、後ろ向きになったSHのところでボール奪取、と言うのは守備のセオリーのひとつである。松田の方もそれが分かっているので縦に付けられない。結果、右サイドではパスが円滑に回らない、というシーンが散見された。
一方、ロティーナ監督になってからはこの点が改善されて、松田が5レーンの大外に開いた時は水沼はその一つ内側、ハーフレーンにポジションを取る、水沼が開いた時は松田がハーフレーンに入る、そして、松田も水沼も大外のレーンに開いた時は右ボランチがハーフレーンに入る、という形になっていた。松田からすると、自分が大外のレーンにいる時は必ず内側のハーフレーンに一人味方がいる。それがボランチの時はそこへの斜めのパスと水沼への縦パスを選ぶことが出来るし、水沼がハーフレーンに入って大外のレーンの縦が空いている場合はドリブルで前に運ぶことが出来る。
そして、この右サイドの円滑化に大きく寄与していたのがボランチのデサバトで、25節の川崎戦のレビューでは下記のように書いた。

アイデンティティが生み出すジレンマ。セレッソ大阪 VS 川崎フロンターレ J1第25節

セレッソのボール保持で重要な役割を担っているのはデサバトで、目立たないがいつも良いポジションを取っている。特に、右SBの松田や右SHの水沼にボールが入る時に、ワンタッチでボールを落とせるところにデサバトがポジションを取っていることが多いので、サイドでのボール保持が安定する。
(中略)
上述の通り、右サイドはボランチのデサバトが右SBの松田、右SHの水沼と良い位置関係になっていて、SBが開いた時はデサバトがSBからワンタッチで下げられるところにポジションを取り、SHがハーフスペースに入る。SHが開いた時はSBがハーフスペースに入る。そして、SBもSHも開いた時はデサバトがハーフスペースに入る。この3名で右サイドに起点を作り、そこから松田、水沼がクロスを狙う。

この試合の時点では藤田とデサバトがボランチのレギュラーだったのだが、その後デサバトが負傷で離脱し、ボランチは藤田とソウザのコンビになった。ソウザはデサバトと比べると、ポジショニングで味方を活かしたり、ワンタッチで捌いたりというよりも、自分自身がボールを運んで仕掛けたがるタイプ。よって、藤田とソウザのコンビになってからは、藤田が右ボランチに入るようになっていた。セレッソの場合、左サイドは丸橋、清武、柿谷とボールを独力で運べる選手が揃っており、ボランチの介助をあまり必要としないので、タイプ的にデサバトに近い藤田を右に、という判断だったと考えられる。
また、水沼にせよ、松田にせよ、中のレーンでプレーできるようになったのは、本人たちのプレーの向上による部分も大きい。サイド適性の選手が中に入ってプレーするのは勇気がいる。特に水沼は、ユン監督時代は開いてクロス、という形に徹していて、中に入って行ってシャドーストライカーのように振る舞うプレーと言うのは新境地だったと思うのだが、今シーズンは鳥栖時代と並ぶ、キャリアハイの7得点。求められたプレーに適応した結果、数字も付いてきたシーズンとなった。

一方、ハーフスペースの守備面については下記のように書いた。

来シーズンのセレッソの課題

ユンジョンファン監督が指揮するようになってからのセレッソは、基本的にゾーンで守るチームだったのだが、サイドの守備に関しては、ゾーン的に守る場合とマンツーマン的に守る場合があり、SHに入る選手によってそれが変わる、という感じだった。具体的に言うと、清武、柿谷、田中亜土夢がSHに入った時はゾーン的に守り、水沼、高木、福満が入った時はマンツーマン的に守っていた。
(中略)
ただ、マンツーマン的に守っている時のセレッソのSHは、自陣ハーフスペースに入って来る相手の選手を放してしまうことが多く、そこからピンチを迎えることが多かった。
(中略)
マンツーマン的に守るのであれば、誰が誰に付くのか、どういう時は受け渡してどういう時は付いて行くのか、細かく決める必要があるが、セレッソはそれが出来ていないことが多かった。そして個人的には、それを突き詰めるよりも、ゾーン的な守り方で統一する方が良いのではないかと思う。つまり、SBがサイドの対応に出る、その時にはSHがハーフスペースに下りる。SHが間に合わない時はボランチが下りて、逆サイドのボランチが絞る。そして、SB+SHで守る時も、SB+ボランチで守る時も、SBの内側でもう一人の選手が横並びになって、斜め前(ゴール前)へのコースを消す。

ユン監督の時のセレッソはサイドの守備がマンツーマン的な時とゾーン的な時があって、マンツーマン的な守備の時に、SHがSBとCBの間のハーフスペースを埋めていないことが多かった。特に、左サイドは清武、柿谷、田中亜土夢と言った欧州でのプレー経験がある選手が多いせいか、ゾーン的に守っていることが多かった一方で、右サイドはそうではなかったので、右サイドの水沼の守備について、このサイトでも何度か苦言を呈したことがあった。

勝因は速さ、敗因はメリハリの無さ。J1第9節 ガンバ大阪 VS セレッソ大阪

画像で見ると、ヨニッチがウィジョの対応に出た時、水沼はウィジョをヨニッチと供に前後から挟むようなポジションを取っている。こういう対応は、ドリブルで打開する選択肢を持っている選手から見ると、実質1対1の状況と変わらず、寧ろ守備側から見て難しい状況を生んでしまう。
次の画像を見るとそれが良く分かる。挟むように対応したことで、間を抜けられそうになり、2人とも置いていかれることを恐れたヨニッチが慌てて足を出して、これがPKの判定となった。

猛暑と過密日程が人選を難しくする。J1第14節 セレッソ大阪 VS 鹿島アントラーズ

安西に対応したのは片山だが、この時の水沼のカバーが悪くて、安西のドリブルを後ろから追っているだけになっていた。大阪ダービーのレビューでも触れたが、水沼は自分の裏にボールが出た時のカバーリングが悪い気がする。SBやCBがサイドの守備に出た時、ちゃんとカバーするポジションを取ってほしい。

来シーズンのセレッソの課題

川崎の方はトップ下の中村憲剛が左サイドに開き、その内側のハーフスペースを左SBの車屋がインナーラップしているが、車屋を水沼が放してしまっており、車屋に対応するためにヨニッチが中央から釣り出されてピンチになった。

ハーフスペースと言うのは、4-4-2のチームで言うと、CB、SB、SH、ボランチを結んだ四角形の中心である。つまり、ここが四角形のままだと必ずスペースが出来る。逆に、ボランチが四角形の中央に絞ったり、SHが下りたりすると、四角形の面積、つまりスペースが小さくなる。SHがDFと縦並びになっている(四角形の中央に下りない)、と言うのはつまりこの四角形の中にスペースを残している、パスを出されたりドリブルで入って行ける余地を残している、ということである。ユン監督時代の水沼は、SBやサイドに出たCBと縦並びのポジションを取っていることが多く、相手のカットインで水沼とDFの選手の間を抜けられて両方が置いて行かれてしまったり、ハーフスペースにパスを通されてしまったりすることが多かった。
しかしロティーナ監督になって以降は、水沼は松田がサイドの守備に出た時は松田と横並びになって、松田の内側でカバーのポジションを取るようになり、これによってCBとSBの間のハーフスペースを使われるシーンが激減した。

アイデンティティが生み出すジレンマ。セレッソ大阪 VS 川崎フロンターレ J1第25節

長谷川はドリブラータイプの選手なので、前半左サイドにいた阿部と異なり、開いたところでボールを受けたがるタイプ。よって、左SBの車屋は開いた長谷川の内側、ハーフスペースをインナーラップする形が増える。車屋がセレッソの選手を引き連れてハーフスペースを縦に抜け、空いたスペースに長谷川がカットインを狙う。勿論、セレッソの方も簡単には空けないので、抜けた車屋がもう一度開いた位置に戻って、今度は長谷川がハーフスペースを縦に抜ける、というかき混ぜるような循環を繰り返す。しかしセレッソの方はなかなかスペースを空けない。まず車屋の縦抜けには水沼が付いて行き、松田が長谷川を見る。車屋が抜けきって空いたハーフスペースはデサバトが埋める。そして、長谷川が縦抜けすると、今度は松田が付いて行き、水沼が最初のポジションに戻ってこちらも循環する。デサバトがハーフスペースを埋められない時は奥埜が下りてくる。それも無理な時は逆側のボランチの藤田が絞ってくる。とにかくハーフスペースは絶対に空けない。

ユン監督時代の2018年シーズン、セレッソのリーグ戦における失点数は38。この数字は全チーム中、少ない方から数えて5番目だったので、決して守備がルーズだったわけではない。しかしそれでも、まだディティールを詰められる部分はあり、そこをロティーナ監督が詰めてくれた。2019年シーズンのセレッソの失点数はリーグ最少となる25。この数字は、Jリーグが18チーム制になって以降では、2008年の大分トリニータの24失点に次ぎ、2010年のベガルタ仙台と並ぶ、歴代2番目に少ない失点数である。

最後に、GKとフィールドプレーヤーとの間でのゴールカバーの分担についても、今シーズンは改善が見られた。
2018年シーズンまでは、この分担が正しくできておらず、フィールドプレーヤーが空けている側をGKが警戒できておらず、そこに決められてしまったり、逆に、フィールドプレーヤーが飛び込んだことでGKがコースを読みづらくなってしまう、ということが起こっていた。

来シーズンのセレッソの課題

上記のシーンで、CBのヨニッチはマークに付いていた伊東を放してファーサイドに寄っている。つまり、自分はファーサイドのコースを消して、GKジンヒョンにはニアサイドへのシュートを止めさせようとしている。しかし、ジンヒョンのポジショニングが中央寄りだったため、中山のニアサイドへのシュートを止めることが出来なかった
(中略)
このシーンでは、セレッソの方は山口がファーサイドのシュートコースを消している。つまり、GKジンヒョンはニアサイドのシュートを警戒すれば良かったのだが、そこに決められてしまった。
(中略)
ここでは柏のFWクリスティアーノがシュートを撃ち、山口がそれに対して滑り込んでいるが、滑ったことで身体が倒れ、ファー側の上のコースが残ってしまい、そこにシュートを決められた。滑り込まず、身体を寄せて、ファー側に腰を回させないように対応し、ニア側をGKに任せるべきだったと思う。

しかし今シーズンは、GKジンヒョンがボールを正面でキャッチするシーンが非常に増えた。
セレッソの今シーズンのリーグ戦における1試合平均の被シュート数は13.3。これは上位5チームの中で最も多い。

引用元:Football LAB 2019年J1シーズンサマリー

順位 チーム 被シュート 被ゴール
1 横浜FM 10.6 (3位) 1.1 (7位)
2 FC東京 12.4 (7位) 0.8 (2位)
3 鹿島 11.7 (5位) 0.9 (4位)
4 川崎 9.4 (1位) 1.0 (5位)
5 セレッソ 13.3 (8位) 0.7 (1位)
中略
10 札幌 13.3 (8位) 1.4 (10位)
11 仙台 13.3 (8位) 1.3 (9位)

同レベルの平均被シュート数なのは札幌と仙台だが、彼らの1試合当たりの被ゴール数は1.4と1.3。セレッソの倍近く多い。また、セレッソは1試合平均の被枠内シュートも3.59と比較的多く、上位5チームの中では3.79のFC東京、3.71のマリノスに次ぐ3番目。鹿島と川崎はそれぞれ3.21、2.85なのだが、1試合当たりの被ゴール数は0.9と1.0でやはりセレッソよりも多い。
このことからも今シーズンのセレッソは、撃たせてよい位置からのシュートは撃たせてしまって構わない、たとえそれがゴール正面からのシュートであっても、GKが取れる範囲にフィールドプレーヤーがコースを限定できていればよい、というスタンスの守備であったことが窺える。

このように、今シーズンのセレッソは昨シーズンの課題を一つ一つ克服できたということで、実りの多いシーズンだったと言える。
ただ一方で、昨シーズンの懸案事項だった得点不足を解消するまでには至らず、今シーズンの総得点は昨シーズンと全く同じ、39得点に留まった。この点については、監督が代わり、守備面の整理からの着手となったため、攻撃面を整備するまでに時間が掛かったことや、得点源として期待していたFW都倉が前十字靭帯の損傷で長期離脱となってしまったことなどが要因として挙げられる。またそもそも、ユン監督時代もチャンス自体は作れていたので、結局のところ、セレッソの選手たちには決め切る力がまだまだ足りない、方法論が変わっても、最後のところで必要になる力は同じなので、そこが足りない、ということに過ぎないとも言える。
そこが備われば、もしくは、備えた選手を迎え入れることが出来れば、来シーズンはリーグの頂点を争うことが出来るのではないだろうか。