私が研究者を続ける理由 〜 ポスドクを辞める判断基準 〜




大学院からの親友・タヌキが「大きな決断」をした


海外ポスドクとして奮闘を続けていたある日、大学院からの親友・タヌキが「研究者を辞めようと思う」と打ち明けてくれた。





ほんの数週間前に「研究が順調に進んでいる」と聞いた矢先だったので、ものすごく驚いた。



タヌキのことは、友人としても研究者としても尊敬している。

初めて会った時から「タヌキからはたくさん学べる気がする」と感じ、博士課程在籍中に励まし合う "サポート・グループ" を立ち上げる時に最初に相談した相手もタヌキだった。 



大学院でタヌキは結婚をし、かわいい子どもも生まれた。

朝、娘さんのお弁当を作ってからラボに行くという話も聞いていたし、家族を大切にしながら研究を効率よく進めていく姿が印象的だった。



博士課程在籍中、タヌキは独自の手法開発に挑戦していた。

3Dプリンターを使ってパーツを創ったり、動画解析プログラムを書いたり、動物の行動実験プロトコルも試行錯誤しながら作り上げたり。

加えて解剖や分子生物学的な実験もこなし、とにかくいろんなことを自ら習得しやり遂げていた。

外国人教授のラボに在籍して英語力もメキメキと成長し、0から始めたプロジェクトを英語論文として書き上げ、ジャーナルにアクセプトされるところまで実現させた。

タヌキのスゴイところを書き続けると止まらないのでここまでにしておくが、博士課程の同期としてたくさんの刺激を受けた。



先輩から可愛がられ、後輩から慕われるタヌキを見ていると、「こういう人がPIになってくれたら、日本の科学界は良くなっていくんじゃないか」と強く思う。

(PI = Principal Investigator: 独立した研究室を持つ教授やグループ・リーダーのこと) 



大学院卒業後、タヌキはアメリカのトップ研究機関でポスドクとして働き始めたので、当分はアメリカでの生活を続けるのかなと思っていた。

だから、「ポスドク生活1年を機に、アカデミア研究の道から離れる」というメッセージをもらった時、目を疑った。



「研究者を辞める」という友人の決断を受けて

タヌキの決意に触れ、理由や状況を聞いて納得した。

そして時間が経つにつれ、「自分はこのままアカデミア研究の道を進んでいいのだろうか」と自問せずにはいられなくなった。



大学や研究所などで働くアカデミア研究者は、やりがいが大きい分、任期が短く、企業研究者に比べて給料も低い傾向がある。

労働環境も決して良いとは言えず、アカデミア研究者として生き残る道は険しい。
 
実際、優れた研究者たちがアカデミア研究の道から離れたり、PI職探しで苦戦している(した)現状を目の当たりにすると、「自分もアカデミア研究者の道は諦めて、新しい道を探そうかな」と思うことがある。



研究者に限らず、どんな職業でも「辞めるタイミング」を見極めるのは難しい。

俳優、作家、漫画家、芸人、スポーツ選手など、競争率の高い職業では特にそうだし、会社員やアルバイトであっても悩ましい選択であることに変わりはない。



一体、何を基準にアカデミア研究者を「続ける」「続けない」の決断をするのだろうか。

自分だったらどうだろう。

タヌキの大きな決断が、僕に考えるきっかけをくれた。



転職を決断する3つの理由(今までとは違う道を行く) 


夢や職業において「今までとは違う道」を選択する理由には、3つの理由があると思う。



1. 待遇や労働環境などに満足しておらず、より良い選択肢が他にある

例:就職、転職、家業を継ぐ

→ 例:夢を追求するやりがいよりも、より安定した生活がしたいという欲望のほうが勝る



2. 夢を実現するのが非現実的になった

例:ある年齢になった(スポーツ選手にとって、身体的能力が勝負)

例:挑戦を続ける居場所がなくなった



3. 夢や夢のカタチが変わった

例:自分の中では夢を達成できた

例:自分の中で目指すモノが変わってきた

 

この3つのうちのどれか、もしくは3つが少しずつ当てはまるという場合もあると思う。



転職を決断する3つの理由が「どれほど当てはまるか」の考察


夢や職業において「今までとは違う道を選択する3つの理由」について、今の自分にどれくらい当てはまるかを考えてみた。


1. 待遇や労働環境などに満足しておらず、より良い選択肢が他にある


社会保障が充実しているドイツで、比較的待遇の良いポスドクポジションに就けたことは、おそらく運が良かったのだと思う。

もちろん企業に行った友達よりも給料は低いが、普通の生活ができれば満足なので、隣の芝が青いという感じはそれほどない。

言い換えると、普通の生活ができているからこそ、研究に挑戦できているのだと思う。



とは言え、給料や生活水準について深く考えずに現在のポジションに応募したのは事実なので、ポスドク先を選ぶときにもう少し検討した方が良かったと思う。

大学院生の方は、国の生活水準も含む色々な視点からポスドク先を検討してみることをオススメします。 



◆ 当てはまるかどうか:

□  待遇や労働環境に大きな不満はないので、現時点ではあまり当てはまらないと思う


◆ 引き続き自問自答しないといけないこと:

□  夢の実現のために「犠牲にしたくないもの」はあるか?

→ 例:家族との時間、一定の生活レベル、等

□  子どもが生まれても生活水準を保てるのか?

□  副業など、本業以外で収入源を確保できないか?

→ 例:生活できるレベルの副業収入があれば、給料が低くてもやりがいのある仕事を選べる

□  違う職種でも通用するようなスキルは身についているか?

例:プログラミング、データ解析、プレゼン、文章力など



2. 夢を実現するのが非現実的になった


自分の夢をできるだけ正確に言葉にしてみると、「家族を大切にして、安定した暮らしをしながら、病気の治療法に繋がるような活動をすること」だと思う。

贅沢を言えば「病気の治療法を発見したい」という願望もある。



そして、その夢を実現するための方法の1つが「PIになること」だと思う。

現時点では、研究の方向性を比較的自由に展開できるアカデミア研究に魅力を感じている。

だが自分の業績では到底PIを目指せるレベルではないし、強いコネクションも持っていない。



在籍中のラボで一発逆転ホームランを狙うことくらいしか、残された道はないのかもしれない。

『CellNature『Science』などの有名ジャーナルに論文が掲載されて、 PIになることがやはり王道だとは思うが、この可能性にかけるのはかなりリスキーだとは思う。



では、PIになれる可能性が低いと悟った時点で、ポスドクを辞めるべきなのだろうか。

難しい質問だが、自分としては現在「家族を大切にして、安定した暮らしをしながら、病気の治療法に繋がるような活動をする」という夢を実現できていると感じている。

だから思いっきり楽しみたいし、ホームランスウィングをしたい。 

まずは、現ポスドク先での研究を4〜5年続けて、病気の治療に繋がるような発見を目指していきたい。



◆ 当てはまるかどうか:

□  PIになるのは非現実的かもしれないが、今、夢を実現できている状態を手放すのはまだ早いと感じる


引き続き自問自答しないといけないこと:

□  夢を実現する・叶え続けるには、どのような道筋があり、どのような準備をすれば実現に近づけるのか?

□  王道[例:ポスドク → 有名ジャーナル掲載+α(コネ、魅力的な研究テーマ、等)→ PI]で夢を叶えるのが非現実的なのであれば、他の道筋はないのか?

→ 例:自分で好きな研究ができるような環境を整える

→ 例:パーマネント研究員を目指す

→ 例:自分がやりたい研究ができる企業を探す 

→ 例:全く別の職種でワクワクする仕事はないのか?


 

3. 夢や夢のカタチが変わった


「大学院在籍中に抱いていた夢」と「ポスドクになった今抱いている夢」のカタチは変わったと思う。

しかし同時に、自分の中で「夢に対する見方」も変わった。



以前は「夢=職業」だと思っていたが、最近は「人生で何を成し遂げたいのか、何を実現したいのか」という視点を持つことのほうが健康的なんじゃないかと感じるようになった。

職業はあくまで、成し遂げたいこと・実現したいことを叶えるための「手段」であって、明確なビジョンさえ持っていれば、必ずしも特定の職業でなければならない、というわけでもないような気がする。



これを踏まえて、今の仕事が自分の夢を実現するための「手段」になっていることは間違いない。 

ポスドク後の進路については、定期的に自分の夢を言語化して、夢が変わっていないか自問自答していく必要がある。 

研究者として生き残りたいという思いは強いし、悩みも尽きないが、人生を楽しむ心は持ち続けたいし、大切な家族を犠牲にしてまで生き残りに固執したくもない。



これから先、もし研究者を辞めることになっても、別の職業(手段)で「家族を大切にして、安定した暮らしをしながら、病気の治療法に繋がるような活動をすること」を続けていきたいと思う。 

そのためにも、最終的に自分自身が納得できる決断ができるように、どんな道や手段があるのか、少しずつ勉強していきたい。



◆ 当てはまるかどうか:

□  夢や夢のカタチは変わったので当てはまると言えるが、同時に「夢に対する見方」も変わった

□  現在の仕事が夢を実現するための「手段」になっていると確信できているので、もう少し挑戦を続けたい


引き続き自問自答しないといけないこと:

□  自分の夢や夢のカタチは変わっていないか?

□  他人の価値観で重要な決断をしていないか?

→ 例:親や周りの人が勧めているから○○を目指す

□  夢を実現するには、他にどのような手段があるのか?




まとめ


タヌキが研究者を辞め、新たな一歩を踏み出したことで、僕自身、本当にいろいろと考えさせられました。

その結果、「今は研究者を続けたい」という自分の気持ちを再認識することができました。 



どの道を選択するかに関わらず、自分とは違う道を選んだ友人などとつながっていれば、「その道を選んだ、あるいは選ばなかった自分」を感覚としてわずかながらも体験できるのではないかと思います。 

今後はタヌキを通して「企業で働いている自分」も疑似体験させてもらえたらありがたいなと思います。 



何はともあれ、これから新しいライフが始まるタヌキを全力で応援します!

タヌキ、就職おめでと〜!!! 



「僕らの研究スタイル」は、今後もタヌキとカメの二人三脚で、ポスドク体験記、研究者の転職&企業就職、その他トピックについて展開していきます。

今後ともどうぞよろしくお願いします。



新たな道に挑戦するか、それとも今の道を続けるか、迷っている方は、以下の本が参考になると思います↓


















3 件のコメント :

  1.  研究者(博士課程入学)を目指している者です。現在、コネクションが全くない中、独力で手探りで進んでいる状態です。このサイトではいろいろな自分が探していた情報があり助かっています。
     それで質問なのですが、PhDコースで必要とされる実際の能力とはどのくらいのものなのでしょうか。多くの本などではmasterとは違い、自分で課題を設定し自分の力で研究を進めていくと書いてあります。実際そのとおりなのでしょうか。経験が少ない自分にはそのようなことがまだできる自信がありません。しかし人によってはPhDでもポスドクがつき、テーマを与えられてそれを二人三脚で行っていくところもあるようです。どちらが一般的なのでしょうか。各論的な情報は手に入りやすいのですが、門外漢からは博士課程のイメージが非常につかみにくく藁にも縋る思いで質問させていただきました。ご迷惑とは承知しておりますが、お時間あるときにコメントを頂ければと思います。

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    1. ブログを読んでいただきありがとうございます!
      僕らの記事が少しでも参考になれば嬉しいです。

      「自分で課題を設定し自分の力で研究を進めていく」という能力は博士課程で培うものと捉えて良いと思います。
      研究課題を設定する経験がなくても博士課程でその能力を学ぶ意欲さえあれば大丈夫だと思います。
      研究を進める上でたくさんの分岐点が出てくると思うので、そのようなときにどういう方向に研究を進めるかを考え、同僚や上司などと相談しながらチャレンジを続けると課題設定能力が鍛えられると思います。

      ただし、放任スタイルの研究室もあるので、ご注意ください。このような研究室では自由を与えられる反面、自分で責任をもって研究を進めていくことになります。
      研究指導に積極的な研究室を求めているのであれば、このような研究室は避けるのがベストだと思います。
      研究室が放任スタイルかどうかは、その研究室に在籍している(もしくはしていた人)に連絡を取って聞くことがベストだと思います。
      傾向としては年配の教授でビッグラボを運営している場合は放任スタイルになりがちだと感じています。

      質問者さまの博士課程ライフを応援しています!

      ―カメ

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    2. お返事ありがとうございます。
      大変参考になります。
      ただなかなかPIの本性というのは分かりにくいですよね、今は海外の研究室を中心に考えています。
      なんとかしぶとくやっていきたいと思います。最終的には自分もカメさんのように後輩を助けられるようになりたいです。本当にありがとうございました。これからもチェックしていきます!!

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