私が始めて厩に足を踏み入れたのは学生時代の競馬サークルで、7歳先輩の初代サークル会長が松山吉三郎調教師の息子・松山康久(当時調教師助手)をしていた縁だった。

 

当時は東京競馬場に厩舎が有る時代で、東京トレセンには松山吉三郎調教師の他、天下の尾形藤吉調教師・藤本富良調教師がいてJRAの勝ち星は大差で関西より関東が圧倒的に多い時代で、関西では武田文吾調教師のひとり勝ちの時代だった。

 

「折角来たんだから競馬の神様に会って行きなさい」と松山吉三郎調教師の一言で尾形厩舎におじましたのが私の人生を大きく変えることに成ったのだが、そこには「神様・仏様・保田様」と言われた保田隆芳が居た。

 

天皇賞男としてその名を残しているが天皇賞を10勝しており、私に取っ未だ忘れられないのがジョッキーを引退する時のセレモニーが「神様と言われたときも有ります、仏様と言われたときも有ります・・・馬鹿野郎!!と言われたときも有ります・・・それでは皆様さようなら・・・」と言う数秒の引退メッセージの重さは、競馬サークルに足を踏み入れた者は誰でも経験しているものだろうガーン

 

モンキー乗りの導入とその可憐な騎乗に憧れていた野平祐二騎手が猛然と追い込みゴール前で「保田さ~ん!頑張って!!」と大声を出した声が集音マイクに捕らえられ物議を呼んだものだが、そんな競馬も懐かしく思えて来る。

 

調教師に成って天馬トウショウボーイを手掛け、「天皇賞男」が調教師に成って天皇賞を制したのはメジロアサマだが、共に名種牡馬として名を残しているし、あのオグリキャップの引退レースと成る有馬記念(G1)の調教席スタンドでたまたま隣りの席に同席させて頂いたが、その動きを裸眼で見ながら「本当に引退するのかねぇ・・・勿体無いよなぁ」の一言に意を強くしたものだウインク

 

 さて今年の朝日杯FTS(G1)は今の日本国の情勢をまるで鏡写しの状況で貧富の差がハッキリ見え隠れする。

 

これは今年のデビュー戦でランクインしているJR馬がそれを予測していたし、現実に起こっている現状からも明らかだし、先週の阪神JF(G1)の結果を見ても確認する事が出来る。

 

勝つにせよ、負けるにせよ、そこには必ず根拠・裏付けが有るものだし、それを無視したのでは例えハナ差でも完敗と言わざる得ないだろう。

 

「馬鹿タレが・・・同じ失敗を繰り返して・・・」と言われ続けた幼年期時代の私だが、今ではそんな言葉を掛けてくれた祖母も居なく、この歳に成っても精進の繰り返しだと思っている。

 

 そんな意味でもブランドに押された自分を悔い改める意味でも自分を信じ、他人より自分の方が正しいと思えて来た教訓を活かしたいと思っている。

 

 今年の二歳新馬戦がスタートした当初から断言してきた事だが、現実に照らし合わせると愛読者の皆様も納得して頂けるだろうが、今年も牝馬の方がレベルが高いし、牡馬はだらしが無さ過ぎると言えるだけに・・・・


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