日本でのお盆の様子をニュースで見たりして(ほとんどが交通渋滞のニュースだけど)、日本が懐かしく郷愁にかられています。
それで今日は、自分にとっては最もインパクトが強いお墓の話を。
表現がえげつないかもしれないので、そういうのが苦手な方はご注意を。
今でこそ日本のお盆の思い出は懐かしく思うものの、子供の頃の思い出の中の、お盆のお墓参りはただただ怖かった。
なんでだろうと、得意の箇条書きで考えてみると、
1. まず日本のお墓は上に高いうえにお隣との距離が近くて、子供の私には特に圧迫感が。そのため、いとこたちとの鬼ごっこやかくれんぼには最適ですが、それをさせない何かがあった。
2. お墓は石なのに、大人は「おじいちゃんが好きだったから」とか言って、ビールやお酒を墓石にかけたりする。「石がビールを!」と子供心にショックだった。
3. ちょうど腰掛けるのにいい具合のお墓の段々なのに、座ってみたら、えらい剣幕で怒られた経験が。
4. お参り中に、大人のうちの誰かが必ず「私もじきにここへ入る」と言う。石の中へ入る?どこから、どうやって??と、その大人の声のトーンも相まって怖かった。
5. とにかくお墓の周りでは、「走ったらあかん」「お線香は吹いて消したらあかん」「こないだのテストのこと報告しなさい」など、身の置き所がない感じ。
・・・と、夏の蝉もミンミン鳴くかっと照る太陽の下でのことだったというのに、なんだかお墓の思い出にはヘンな陰が射していたように、私の頭の中にインプットされています。
なので、自然にお墓というものに対するイメージが出来上がっていた私のカルチャーショックが、横浜の観光スポットのひとつ、「外人墓地」です。
いや、いくら芝生がきれいでぱあっと明るいといっても、どこかのどなたの墓地ですよね。
いやいやいやいや、私はいいです。行きません。
と、友人たちとの旅行でも、私は意地を張り通しました。
その時は知りませんでしたが、日本では火葬ですがアメリカでは棺に入れたまま、焼かずに埋めます。
国土が広いアメリカでこそできることでしょうが、横浜の外人墓地に限らずアメリカの墓地が広々としているのは、そういうことです。
そして、なぜアメリカでゾンビ映画が生まれたか、思い切り納得しました。
火葬の日本ではちょっと出ない発想ですよね。
ついでにいうと、私の知る限り、アメリカ人はお墓参りはめったにしません。
墓地を管理している所の人が掃除だの芝生刈りだのをします。
話しはそれましたが、とにかく、子供の頃に生じた沢山の???は、いまだに消化されないまま私の中に残っていて、ご先祖さまは私たち現世に生きているものを守ってくださる存在だけど、ご先祖さまが普段いるお墓は怖いところというヘンな気持ちのまま今に至っています。