日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年9月20、21日) : 「美味しいです」と「美味しゅうございます」

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バルセロナから(2018年9月20、21日) : 「美味しいです」と「美味しゅうございます」


1964年の東京オリンピックマラソンランナーだった円谷幸吉選手の遺書は「美味しゅうございました」のリフレインが印象的だった。


それほど長くないので全文紹介する。作家の川端康成や三島由紀夫らが絶賛したと言われる名文である。


家族に向けて「美味しゅうございました」という丁寧表現を繰り返す文章は、遺書でありながら、一遍の詩のような調べさえ感じられて、読む者の心を鷲掴みにする。


《 父上様、母上様、三日とろろ「美味しゅうございました」。

干し柿、モチも「美味しゅうございました」。

敏雄兄、姉上様、おすし「美味しゅうございました」。


克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴ「美味しゅうございました」。


巌兄、姉上様、しそめし、南蛮漬け「美味しゅうございました」。

喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒「美味しゅうございました」又いつも洗濯「ありがとうございました」。


幸造兄、姉上様、往復車に便乗させて戴き「有難うございました」。モンゴいか「美味しゅうございました」。


正男兄、姉上様、お気を煩わして大変申しわけありませんでした。


幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になって下さい。

父上様、母上様、幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。気が安まることもなく御苦労、御心配をお掛け致し申しわけありません。幸吉は父母上様の側で「暮らしとうございました」。 》


文章中の「 」は私が付けたもので、「形容詞(又は形容詞型活用)+ございます」の表現である。 「おいしゅうございます」は「おいしくございます」の「おいしく」がウ音便化して「おいしう」に丁寧語「ございます」が付いた形だ。


現在ふつうに使われている「ありがとうございます」(←ありがたくございます)「おはようございます」(←おはやくございます)、そして上の遺書の最後の表現「暮らしとうございました」(←暮らしたくございました)もこれと同じ成り立ちである。


このように日本語の歴史から見ると、つい最近まで「おいしい」の丁寧形は「おいしゅうございます」であった。ところが、これにほとんど取って代わって「おいしい」の丁寧形として瞬く間に広まった表現が「おいしい【です】」である。


助動詞【です】は【だ】の丁寧形である。しかし、「おいしい【だ】」は共通語では非文とされる。


ならば、その丁寧形である「おいしい【です】」も成り立たないはずだが、今日では広く使われている。


次回は、その辺の事情を探ってみたい。


写真は、バルセロナの床屋(peluquería又はbarberia)で。日本のように時計の数字は鏡用に逆になっていない。男前(guapo)にしてくれよ、で始まって散髪中は楽しい会話が続く。

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