もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

施政方針演説を考える

2020年01月21日 | 与党

 第201津城国会が召集され、安倍総理が施政方針演説を行った。

 演説では、福祉改革、国土強靭化、地方創生、オリンピック、新しい外交秩序の構築等についての施政方針を述べるとともに改憲論議の深化を野党に呼び掛け、目新しいところでは韓国と台湾に向けたメッセージが復活した。野党の反応は、本日以降の代表質問で明らかになるのだろうが、TVでは立民の福山幹事長が「ヴィジョンが述べられていない空疎な演説」とし、共産党の志位委員長が「謝罪や桜のサの字もない演説」と評価していることが報じられている。また、今後の国会審議では公職選挙法違反容疑の議員追及、IR法廃止、自衛隊の中東派遣に加え、引き続きお花見問題で政府を追及・攻撃するとしていることから、またぞろ国会審議は刑事裁判に近いものになるのだろう。国会の開会式で天皇陛下が「(略)国会が国権の最高機関として、当面する内外の諸問題に対処するに当り、その使命を十分に果たし、国民の信託に応えることを切に希望します」と述べられたお言葉を、福山・志位両議員はどのように理解したのであろうか。国会論戦の展望はさておき、今回は国会開催のあれこれを勉強しなおした。国会の開催は「招集」ではなく「召集」という言葉が使われるように、内閣の助言を受けた天皇の国事行為で憲法に規定されている。天皇のお言葉については、閣議で承認された文言を読まれるもので、激甚災害が起こった後には特別の文言が追加・使用されるが、概ね同じ内容とされている。自分は、開会式が参院本会議場で行われるのは、「参院が良識の府」とされることから特別の意味を持っていると認識していたが、単に帝国議会の開会式は勅撰議員である貴族院で行われいたために、玉座が貴族院を受け継いだ参院本会議場にしかないことが最大の理由であるらしい。さらに、共産党は「天皇のお言葉は政治への干渉である」として開会式には参加していないと思っていたが、平成28年以降「単なる儀礼的な式典」として自主参加の形ではあるものの参加していることを知った。

 第3次世界大戦は回避されたものの、今後、中東情勢やトランプ大統領再選と関連する米中経済戦争の行方も不透明であるが、ロシアが憲法を改正して大統領を超越する権限を安全保障会議に与えて大統領を辞したプーチン氏が当該ポストに就任して院政を行うとみられることの不安の方が大きい。プーチン氏の構想は、3権を超越した権力を持つ中国共産党(習近平皇帝)やイランのハメネイ師と同様な独裁体制を可能とするもので、新たな国際紛争の火種になりかねない危険性を含んでいるように思えてならない。それらに対する取り組みを議論する方が、国民の信託に応えることであると思うのだが。


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