今、考えると12月30日辺りからの意識が朦朧としていました。救急車に乗ったこと、病棟のベッドでわーわー泣いた事は覚えているのですが、それ以外は私の記憶にないのです。

それが徐々に自分のいる状況が把握できてきた気がします。

毎日ほとんど寝て過ごしていたのが、やっと自分の持参したものを確認、必要なものを考えようとすることができました。

そして鏡もやっと見る気にもなれました。

夫も、日に日に顔色がよくなってると…

おかげさまで身体と心のバランスが取れてきました。
1日1日を大切に生きていきます。

ありがとうございました。




昨日から、オキファストにて持続皮下注射を開始した

思っていたよりも楽になる

もう少しだけ頑張れそう


今いる急性期病棟のナースが、お手紙を持ってきてくれた(^^)
ありがとう(^^)


週単位かなぁ


年末から飲水も出来ず
レスキューもいけないため、少し動くと息苦しくなる状態…
苦しくなっちゃうから、横にもなれず…

21日に退院してから、どんどん辛くなっていった

1月1日の夕方、苦しくてどうしようもなくなって、救急車要請
病院搬送で入院   顔から上半身パンパン両胸水も増悪酸素無しだとspo2 80%代

とにかく寝てなかったので薬で寝ました。

2日、3日の夕方まで記憶曖昧

寝てたのかなぁ

これから持続の皮下注射を始める予定…



残りは、日にち単位かな


CVポートを再度埋め込んだところからのつづきです。

CVポート造設直後は、局所麻酔のおかげで全く痛く無かったのですが、夜にかけて痛い〜!
横に切った傷とその周囲が、じんじん痛い。
夜は眠剤とオキファストでやり過ごしましたが、次の日の夜は、プラスソセゴン もつかいました。
でも、1番痛みに効いたのは、ロキソプロフェンでした。

27日の朝、針とフィルムを剥がし、シャワー浴をし、色々片付けて、やっと午後退院のはこびとなりました。


今回は、コロナの影響で面会も外出も禁止です。
3週間弱、ずっと病院の中で、辛かったです。

家に帰ると、7匹のにゃんずたちはとても元気でした〜。








10月28日夜、突然のシバリング出現、39.2度
ロキソニンを飲んで解熱するも、10時間も経つと、また、シバリング。39.7となる。ロキソニンが効いて解熱して、またシバリング。それを約1週間繰り返し…


結局、11月7日、入院。
8日、ポート抜去  9日から13日までは、皆んなで
必死に血管を探し、毎日、点滴をさしなおし抗生剤投与していた。
そして、、13日夕方、右頸部より、12.5cmCVダブルルーメン挿入、さらに抗生剤投与、フルカリック再開。



16日、元々予定していた内視鏡検査をする。元々嘔吐反射が強くセデーション希望していたが血圧が低く充分な量を入れられず暴れた。しかし、去年進められた位置までもカメラを入れる事が出来なかった。
むりすると出血しそうな細胞だった。
その結果を見た時、私の余命は、思っているより短いなとかんじた。
年単位であると思っていた余命は、月単位だと思った。



CVは、トラブルなく経過。24日のお頃、ポート再造設
局所麻酔下で、新しい位置にポート埋め込み行った。

消毒をしたフィルムの上からポート針を穿刺
点滴をつなげる。
麻酔がとれると右胸の傷が痛い…
でも、いつもの眠剤とオキファストで入眠。

とても長くなったので、一時停止です。