★『セフナの青春日記』(全12話)のうち、第10話めです。
セフンが22歳の誕生日を迎える頃、という設定のファンフィク。歌が上手くなりたいと決心した彼が、EXOのヒョンたちと対話を重ねていきます。
▼第1話はこちらです♪
ジョンデの大きな目には怖いくらいに真剣な光が宿っていて、それに見つめられると、彼より年上のスホでも、なんだか、たじろいでしまうほどだった。
「いいですか? ヒョンの声はね、この12人のなかで、もっともやわらかな歌声なんです。やわらかで、優しい声です。そういう声には、それにふさわしい歌いかたがあるはずなんです」
必死な顔のジョンデに、まずそう口火を切られて、スホのほうは。
「ぽっかーん、だったよ。……Mの人間関係か、はたまた、スタッフさんとのトラブルか、と身構えてるところへもってきて、いきなり、俺の歌声の話だもん。こいつ、何を言い出すのかって思うじゃない」
スホの怪訝な表情を見てとったジョンデは、用意していたらしい小さなメモ帳とボールペンを取り出した。
白い紙面を広げると、彼は、まったく迷いのない手つきですばやく、分度器のような半円を描いた。
そして、その中心から弧に向かって、さまざまな角度を構成する直線を引いていった。
「見てください。ここが一番硬い声だとしたら」
そう言ってジョンデは、180度を示すところに直線を引き、その頭に三角形をくっつけて、矢印にした。
「ジュンミョニヒョンの声は、このあたりです。……わかりますか、あなたの声って、すごくやわらかいんです」
そんな言葉とともに引かれたのは、中心から、30度ぐらいの角度を示す位置の直線だった。
線を引き終わると、ジョンデはその直線の頭に三角をくっつけて、矢印にした。
「チャニョルの声も、やわらかいほうで、このへん。……ギョンスの声が、ここから、このあたりまで」
そう言いながら、ジョンデは45度ぐらいの位置にチャニョルのものだという線と、60度の位置と120度ぐらいの位置の二カ所に、ギョンスの声の上限と下限を示すかたちで線をひいて、それぞれ矢印にした。
「イーシニヒョンは、ここと、ここ。あのひとの声は面白くて、やわらかいのと、硬いのと、両方出せるんだけど、中間がない。ジョンイナとミンソギヒョンはニュートラル」
レイのものだという矢印は、チャニョルの声を示す45度の場所と同じ位置と、150度の位置の二カ所だった。
そして、カイとミンソクの「ニュートラル」な矢印は、ちょうど、90度の位置に引かれた。
「ベクは、ここからこのへんまで。ルハニヒョンも、たぶん、そのくらいかな。ふたりとも、広い範囲をカバーできるから。あのふたりは、硬い声も、やわらかい声も、その中間の声も、彼らの好きに出せる」
ジョンデは、中心からの線を引かずに、半円の弧のほうに波線を這わせるかたちで、ルハンとベッキョンの声の「範囲」を示してみせた。
すなわち、45度から150度ぐらいまでのあたりの、扇形の弧をカバーするように。
わかるような、わからないような。
メンバーの声の「硬さとやわらかさ」を図で示したジョンデの説明は、スホにとって、理解できたとも、できなかったとも、どちらとも言いがたい話だった。
表すことが難しい「声の持つ感触」みたいなものを、ジョンデはむりやり、言葉と図を使って説明しようとしているからだ。
ただ、後輩の彼の必死さと真剣さだけは、スホにもはっきりと伝わった。
だから、もっと確証を得たい、と思った。
ジョンデの話を把握できた、ということの。
「だったら、ジョンデ、おまえ自身の声は? ──もしかして、ここから、このへん、か?」
スホは、ジョンデが描いた半円のなかの、弧の一部を指でなぞった。
スホ自身の声が30度の位置だとジョンデは言った。
──だとしたら、ジョンデの声は、それと線対称を構成する位置、150度の地点から、「最も硬質な声」の180度までだ、と。
直感的に、そう考えたので。
「そうです。……俺の声は、あなたのまるっきり逆で、すごく、硬い。自分でも嫌になるほど、それしか、出せない」
ものすごく必死だったジョンデの表情が、そのとき、ようやく笑みでゆるめられた。
だからスホのほうも、彼が伝えようとしたことを、自分はある程度は理解できているのだと、安堵した。
しかし、ほんとうにジョンデが伝えようとしたこと、人気のないトイレで、スホと2人にならないと話せないことは、そのあとの話だった。
「ジュンミョニヒョン。……ベクは、確かに、めちゃくちゃ歌がうまいです。ああいうふうに歌えるようになりたいって、俺だって憧れてるし、あいつの持ってるテクニックとか、表現のヴァリエーションの作り方とか、盗めるものは、どんどん盗みたいと思ってる。
でもね、声は変えられないです。神様からもらったもの、それはどうしても、変えることができない。
だから、ヒョンも俺も、ベクと同じ方向をめざしたら、ダメなんだ」
ジョンデのその言い方は、まるでスホが、ベッキョンの歌を模倣しようとしているような言い草だった。
だから、「俺、そんなこと、してないよ」と反論しようとして──その瞬間、スホは、はっと気づいた。
実際、自分は、あのリードヴォーカルの歌いかたを、なぞるようにして歌おうとしていたことに。
一度、聴いてしまうと、すごく耳に残る。彼の歌声は。
魅力的だし、無条件で心地いい。だから、耳の奥で何度も反芻してしまう。
意識では思っていなくても、無意識のレベルで。
ベッキョンの歌いかたを、自分の声で追いかけようとしてしまう。
スホ自身でさえ気づいていなかったそのことを、ジョンデのほうが先に気づいて、それを忠告しようとしてくれていたのだ、と──ひらめくようにして、理解した。
そう理解して、ジョンデの手にあるメモ帳に描かれた、半円の分度器みたいな図を、スホは、再度、見つめた。
各メンバーの声だとして、中心から伸びた、さまざまな角度を示す矢印。
ジョンデがボールペンで引いたそれが、ただの直線ではなく、すべて矢印として描かれている理由が、ようやくそのとき認識できた。
「これ……方向なのか」
思わずスホはつぶやいた。
ジョンデが大きな笑顔になった。
「そうです」
「歌声が向かわなきゃいけない、方向を示しているのか」
「そのとおりです。……よかった、ヒョンはわかってくれた」
心からほっとしたようにジョンデが言い、そうして、スホの視線に自分のまなざしをぴたりと合わせて、もう一度笑みを浮かべた。
こっちの心の中に直接さしこむ、まぶしい光のような笑みだと、スホは思った。
「あなたの声は、ベクとかルハニヒョンでさえ、出せない領域の声なんです。とてもやわらかくて、優しい声。
あなたがその声を出さなかったら、このグループで『とてもやわらかな声』を出せる人間は、ひとりもいなくなってしまう。
神様からもらったものを、正しく使ってください。あなたは、そうすることができるひとなんだから」
このとき、ジョンデは、「神様からもらったもの」という言葉を、2回、繰り返して使った。
たぶん、それが一番大きな理由だ。
連れていかれたトイレでのこの会話が、いつまでもスホの心の中にとどまり続けたのは。
「全体的に、よくわかるような、わかんないような、不思議な話だよな。──トイレで聞いたときには、ジョンデの迫力に圧倒されて、なんだかわかったような気がしていたけど、あの時点では、俺もちゃんとは理解できてなかったんだと思う。
『やわらかい声』とか言われて、それを『正しく使う』って言われてもさ。具体的に、マイクの前で、何をどう歌えば、正しく使うことになるのか、さっぱりわからなかった」
テーブルをはさんでセフンと対峙するスホは、そこで、その当時の当惑を思い出したような表情で、ふう、とため息をついた。
「でも、ジョンデからこのことを聞いたあと、何度も、何度も俺は、この会話を思い返した
『声が向かうべき方向』と、『神様からもらったものは変えられない』っていう、あいつの言葉を。
理解できたのは、その話をしてから、たぶん半年以上は考え続けたあとだと思う。
歌う、という行為のうえで、神様からもらったものを、俺がどうすれば、『正しく使える』のか、たぶん今なら、わかってるんだと思う」
相槌さえうつのを忘れて、じっとスホの話を聞いていたセフンは、思わずそこで尋ね返した。
「わかった──んですか?」
「ああ、たぶん」
「どうするんですか? 何をどうすれば、『正しく使える』ようになるんですか?」
神様から、あなたがもらったものを。
その方法を、もし、知ることができたら。
俺だって。
もしかして、俺だって。
勢いこんで尋ねてしまってから、自分の声が、自分でも驚くほど、激しいものを帯びていることに気づく。
ふだんのセフンが出さない種類の声。
スホは一瞬、虚をつかれたような顔をしたが、そのあと、中空をじっとにらんで、考え込みはじめた。
──だが。
「うーん。……言えない」
最終的に言われたのは、その言葉だった。困惑しきった表情で。
「ど……どうして、ですか? どうして?」
「いや、あの、セフナ? ……おまえに意地悪してるとかじゃなくて。ちゃんと、言葉にできないんだよ。説明できない、すごく、感覚的なことしか、俺はつかめていないんだ」
だから、そんな顔しないでくれ、とリーダーの彼は続けた。
目の前のスホが、強く危惧するような瞳で自分を見ていることに気づいて、セフンは、はっとした。
もしかしたら、今、自分は泣きそうな顔をしているのかもしれなかった。
(このページは、『セフナの青春日記』10「神様からもらったもの」(後)です。)
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(このお話も、あと2話を残すのみとなりました。2年前に発表したものなのですが、私自身、ほんとうに楽しく書いたお話です。たくさんの方に読んでいただけて、とても光栄です♪)