親戚の都合で一週間早い初盆を、明後日することにした。

看取り中にやり始めた趣味の消しゴムはんこで作ったお布施封筒を使おう。

もう夏だけど、母が一番好きだった桜の封筒にしよう。


母の看取りをしていたときは、もう初盆になる頃には私も少しは立ち直って、人間らしく?なっている予定だった。


現実は全くダメ。


いつだって、母を亡くした日へ立ち戻ってしまう。

この腕の中で、一番一番大切な存在がいなくなってしまったのを見たあの日。

母の目からともしびが消えたあの日


私は、、、


もっと自分が強いと思ってた

言い方がおかしいけど、もっと、楽に生きれるようになると思ってた。


早く元気になって、心配かけた人たちに笑顔を見せたいと思うし、会ったら笑顔でいるようにしてるけどやっぱりダメだ。


一人になると母のことや、先に亡くなった父や、祖父母のことまで思い出しては、もう戻らない日々を思って泣いてしまう。


父が64歳という若さ?で亡くしたときは、まだ母がいてくれた。

母と一緒にしっかり行きていかねば、母を支えて行きていかねばと自分を奮い立たせることもできた。


今はもうだれもいない


こういうと、寄り添ってくれた人たちに申し訳なくも思うけど、やっぱり母は私にとって一番大切な存在で、一番失いたくなかった。


支えの柱がなくなったような不安定な状態で毎日を過ごして



いつになったら、涙が枯れるのかと思ってみたり


いつまでも枯れる事はないと思ってみたり



お盆は、亡くなった家族の霊が帰って来てくれるというけど、どんな姿でもいいから母に会いたい


黄泉にいるイザナミの姿を見て逃げ出したイザナギのようにはならない自信がある。


いけるものなら黄泉にでさえ逢いにいきたい。


自分の夢を持たなきゃ、といろいろやってみたりもしてるけど、私の支えの柱は無くなったままです。。。