「聴こえのセミナー」が鹿児島市で開かれると聞いて、行ってみたい!と思いました。というのも身内を含めて、私の周りで「難聴」に悩んでいる人たちがとても多いからです。
セミナーでは、難聴者の聴こえを支援する画期的な対話機器comuoon(コミューン)を発明した中石真一路さんがお話をされるとのこと…
この問題解決のための秘策を知りたくて出かけました。
私のまわりの「聴こえ」に悩む人たち
仕事場で…
長い間、介護相談員という仕事を続けてきて、福祉施設などで暮らす高齢者の多くが老人性の難聴の問題を抱えていました。
加齢による聴覚の低下は誰もが避けられない問題ですが、難聴者の方々とのコミュニケーションは思いのほか、大変でした。
手話が出来る方々は、ほとんどいません。補聴器をつけている方もとても少ないのです。おのずと、その方の聴こえる方の耳元に近づいて、大きな声で話すようになりました。
周りに聴こえてしまうんじゃないかと気になりながらも、大きな声になってしまうことが度々でした。
重度の方とのコミュニケーションは、携帯用のホワイトボードを持参して筆談をしましたが、もどかしくて、お互いやり取りをするうちに疲れてしまって、難聴者の方からのご相談ごとはいつもうまく汲み取れず、悶々としていました。
近所で…
私の暮らす鹿児島市の団地でも高齢化率は30%を超え、耳が遠くなったという方が多くいらっしゃいます。
みんなが集まる場所に出かけて行っても、話が聴こえないからと、難聴をきっかけに出不精になったり、家に引きこもってしまわれた方々が多いこと。ご近所さんだけでも、片手で足りないくらいの方たちが、聴こえないことでの生活障害を抱えていらっしゃることを実感しています。
身内のこと…
私が一番困っていることが、88歳の義理の母の難聴問題です。ひとり暮らしで体は元気なのですが、重度の老人性の難聴です。
宅配便の方のチャイムの音が聴こえない、電話はかけても繋がらない、テレビは大音響。これは問題だと、最新の補聴器を買ったり、新聞広告で「取り扱い簡単!」と書かれた拡聴器を買ったりもしましたが、どれもうまくいきません。
精密機器が上手く使いこなせなかったり、耳にうまく装着できなかったりで、部屋の置物になってしまっています。病院受診の時は、私が先生との話の仲介役になります。
母との直接のコミュニケーションは、叫ぶような大声で!こんな状態がここ数年間続いていました。
こうして私は、難聴者支援の第一人者・中石真一路さんの「聴こえのセミナー」に参加することになったのです。
セミナーには100名を超える方たちが来ていてこの問題への関心の高さを感じました。
中石さんは、話す人の声を難聴者にとって聴き取りやすい音に変える「comuoon(コミューン)」という対話支援機器を開発した技術者です。
これが、その対話支援のスピーカー、コミューンです。
そのシステムはこうです。
話し手がマイクを通して話をすると、コミューンがその音を難聴者の聞き取りやすい音声に変換してくれるというものです。
補聴器は、聴こえない側からの改善アプローチですが、コミューンは、話す側から難聴者の「聴こえ」に歩み寄るという発想から生まれたもので、6年前に発売されて以来、その新しい発想と聴こえの改善効果が注目され、様々なところで導入が進んでいます。
コミューンは、厚生労働省で導入されている他、全国の医療機関や行政機関、金融機関の窓口、教育の現場などでの普及が進んでいます。
中石さんは、この画期的なスピーカーの開発者であると共に、「聴こえ」の大切さを伝えるNPO法人、日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会を立ち上げ、聴こえないことによる「孤立」をつくらない世の中を目指して、全国を飛び回っています。
目から鱗!中石さんのセミナー
学び その①
高齢者の2人に1人が難聴者
日本には、1500万人もの難聴者の方がいらっしゃって、65歳以上になると2人に1人が老人性の難聴となるそうです。
また現代のストレス病の一つと言われる突発性難聴を年間35,000人が発症、そのうち23,000人が難聴者となっています。
最近ではヘッドホーンの使用による難聴がWHOから指摘されましたが、日本はヘッドホーンの音量レベルを下げる規制が遅れていて、「聴こえ」に対する意識の面では、とても遅れているとのこと。中石さんはこう指摘します。
「日本の人口の10.9%、10人に1人が難聴者です。これだけ多くの人が悩んでいるのに、その当事者も周りの人も仕方ないと諦めてしまっている。
その結果、最後のコミュニケーションの手段が『大声で話すこと』になっている。これは悲しい現実です。
大声で話す音は、壊れたラジオから聞こえる雑音を聞かされているようなもの。これは苦痛ですよね。まずは、みんなが『聴こえ』に関心をもって、正しく理解していくことが大切。」
学び その②
社会のヒヤリング・ハラスメントを無くそう!
中石さんは、難聴者とのコミュニケーションをめぐる負の連鎖について、こう指摘します。
聞こえたふりをする➡それがどんどん上手になる➡周りは気づかない
「聴こえない人たちへの無関心、配慮の無さによって、聴こえない人たちは、聴こえたふりがとても上手になっていく。結果、コミュニケーションの場から置き去りにされてしまっています。聴こえない人に配慮しないこと、ほったらかしにすることを、これを私は、ヒアハラ(ヒアリング・ハラスメント)と呼んでいます。もう「大きな声」で叫ぶのは止めましょう。世の中から、ヒアハラを無くしていきましょう。」
学び その③
聴こえやすいのは「大きな音」ではなく「クリアな音」
中石さんは、大手レコード会社で、音が遠くまでクリアに聞こえるスピーカーの研究開発に携わる中で、難聴者の人たちに聴き取りやすい音があることを知りました。
祖母や父も難聴でした。世の中の役に立つものを生み出したいとの強い思いから、会社の事業が終了となった後も、自身でNPOを立ち上げ自費で研究開発を続け、話し手の側から「聴こえ」歩み寄る卓上型対話支援スピーカー、コミューンを発明したのです。
コミューンは、マイクとスピーカー、アンプで構成されています。難聴者が聞き取りにくいとされる高音域をサポートし、音の歪みを無くし、明瞭化。威圧感が無く、使い易いものになるようにと軽量・小型化にも力を注ぎました。
「耳鼻科の先生に貸し出したら『これはすごい』と学会で発表して下さったり、使ってみた人の『聴こえるという実感』から広がってきました。今、全国4600ヶ所で9000台近くが利用されています。これまでの研究で、クリアな、ちゃんとした音を届けることで、脳がその音を言葉として感知し、聴き取ることが出来ることが分かってきました。中、軽度の感音性の難聴者の方には特に有効です。コミューンは、話し手の側の音声を改善して、コミュニケーションを支援するという世界初の技術。聴こえない人と聴こえる人を繋ぐ最高のコミュニケーションツールだと思っています。」
学び その④
聴覚は回復するのか?聴覚リハビリ「耳リハ」の大切さ
中石さんは、広島大学宇宙再生医療センター聴覚リハビリテーション研究グループの一員として、脳科学的視点からコミューンの有用性を研究しています。
2017年4月には米国脳科学関連学会で、5月には「第118回日本耳鼻咽喉科学会通常総会・学術講演会」において、comuoonの脳科学視点からの有用性を発表、研究成果については米国神経学関連誌「Neuroreport」に掲載されています。
その研究成果をもとにコミューンを使った聴覚リハビリ効果の研究を準備しています。
「健康長寿にとって筋力維持の大切さはごく普通に行われていますよね。聴力も同様で、耳を使うこと能力を維持するために「聞く」「話す」を基本として活用することが大切です。中年期の難聴は早期に発見し、その後聴覚活用を継続していくことが健康寿命を延ばす秘訣とお話しています。大切なことは、その時に聴き取りやすい良い音を耳に入れてあげること。低下した聴力だからこそ言葉を聞き取りやすくし、聴きとる能力を維持することが大切なんです。」
学び その⑤
認知症と難聴との関係
難聴がもたらす認知症リスクについて、こんな研究報告があるそうです。
難聴をそのまま放置すると、軽度難聴者の場合、認知症リスクが2倍に、中度難聴者の場合3倍に、重度者の場合5倍になる。
しかも認知症と老人性の難聴の見分けは難しく、認知症状が進んだと思っていたら、実は「聴こえ」に問題があったというケースも少なくありません。
聴こえの状況を正しくチェックし、聴覚維持のトレーニングに取りくむことで、コミュニケーション力や理解力がアップしたという成果も報告されています。
中石さんは、認知症かな?と思った時、「耳のことも疑ってみて」と言います。
「それ程、耳と脳は密接に関わっているんです。ほったらかし、放置しておくことが一番問題です。そのための聴こえやすい環境を社会の側が用意しておくことが必要。聴こえやすい環境が、当たり前になっていくこと、聴こえのバリアフリー化を進めていくことが、社会の中のヒアハラを無くしていくことになるんです。」
学び その⑥
どこに行っても聴こえやすい環境をつくること…
それがユニバーサル・サウンドデザイン
「聴こえのセミナー」には、聴こえに悩む難聴者の方やその家族が多く参加していらっしゃいました。セミナーから見えてくる「聴こえに配慮する環境」とは?
開場では…
こうした環境が、どこに行っても、どんな場でも当たり前のように用意されていくことが、ヒアハラを無くしていくんだろうなぁと思いました。
聴こえに悩む人たちからの声…
「聴こえのセミナー」では、難聴に悩む人たちからの切実な声が次々に出されました。
難聴者の方から…
「色々なところに出て行きたいが、私たちが参加出来る場が少ない。立派な施設はあるが、そこに対応してもらえる環境が無い。どうしたら良いんでしょうか。」
中石さん…
「やっぱり、世の中の意識を変えていくのは、自治体や政治を巻き込んで改革していかないといけないです。そのために、私たちと一緒に、みなさんの声を届ける活動をやっていきましょう!」
切羽詰まった悩みを訴える人もいました。2年前に脳梗塞を発症。その後、脳梗塞後遺症と老人性の難聴で悩んでいる90歳の女性でした。
「私は、どんな声も騒々しい音にしか聞こず、話していることの意味も分からなくて悲しい。補聴器からの音は騒音にしか聞こえず、今からでは手話を覚えることも出来ません。
息子家族とのやり取りも筆談です。どうしても続けたい習い事があって、そこに行く時には、要約筆記の方をお願いして同行してもらっています。
これから先、このまま音のない世界で生きていかなければならないのかと思うととても辛い。」
中石さんは…
「まずは、聴きなれた家族との会話から『コミューン』を使ってトレーニングしてみて下さい。コミューンはリースも行っていますから、諦めないで…諦めたら聴こえは悪くなります。」
サプライズのゲスト 三笠宮瑶子女王のご臨席
今回の聴こえのセミナーに思いがけない方がご臨席されていました。三笠宮寛仁殿下の次女、三笠宮瑶子女王殿下です。
瑶子女王殿下は亡き寛仁殿下が最も力を注いできた障がい者福祉の分野を自らのライフワークとしています。
父の遺志を継ぎ、プライベートで中石さん共に各地を訪ね、聴こえに悩む人たちの声を聴き、コミューンがどのように使われているかを視察しておられます。
瑶子女王殿下は次のように話されました。
「父が亡くなって7年になります。
父は現場がどうなっているのか知らなければならないといつも言っていました。私もその父の姿勢に倣って、みなさんの声を聞くために、こうして各地に出向いてます。私は感音性の難聴です。
これまでも友達の話す声が聴き取りにくいことが度々ありました。そんな時、聴き返すのが悪くて、「そうですね」とか「はい」とか言って、聴こえたふりをしていました。
コミューンを使うようになって、少しずつ『聴こえ』が改善されてきています。私もみなさんと同じ『聴こえ』に悩むひとりです。
常々、父は『100%の障がい者も100%の健常者もいない』と言っていました。女王という立場にいる私もみなさんも同じです。
障がいのある、無しに関わらず、ありのままが受け入れられ、誰もが分け隔てなく大事にされる社会になるよう、この活動を続けています。」
すべての国民が障がいの有無によって分け隔てられること無く、共生する社会を目指す「障害者差別解消法」が施行されて3年。
瑶子女王殿下の言葉はまさにそのことを社会の隅々で実現していくことを呼びかけるものでした。
必要な人たちのところへ「コミューン」を届ける
NPO法人日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会では、ろう学校や難聴学級の子どもたちのもとにコミューンを寄贈する「きこえのあしながさんプロジェクト」を続けています。
こうした活動を通して、聴こえる喜びの輪を拡げていきたいとしています。
必要としている人のところにコミューンを…
セミナーに参加していた鹿児島県中途失調者難聴者協会からも使ってみたいとの申し出があり、寄贈が決まりました。
セミナー終了後…
中石さんのところを離れようとせず、熱心に質問する人たちをみていて、「聴こえないこと」の悩みの深さ、「聴こえたい」「伝えたい」という強い熱情を感じ、聴こえのバリアフリーの必要性を切実に感じました。
私たちはみなさんとのコミュニケーションの壁が無くなることを願っています!
コミューンは難聴者の救世主となるのか?
その実力に迫る!
コミューンは、聴こえを支援する新しいトレンドとして注目され、大学や自治体、病院、福祉施設、一般企業など、聴こえの問題に関心を寄せる人たちの間から、じわじわと広がってきています。
実際、どこでどのような場で活用され、どんな成果が生まれているんでしょうか?
次回は、対話支援システム「コミューン」の利用現場からの声とその実力についてお伝えします。
日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会の活動
こちらをご覧ください。