宍道湖と松江市
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志賀直哉と里見弴―――
―――同性の愛慾と葛藤(10)
里見弴と4歳年上の志賀直哉との同性愛
最終回は、二人の7年にわたる絶交の
原因について考えてみます。
弴と直哉は、1916年に直哉が突然弴に送った
「汝けがらわしき者よ」
と大書された葉書をきっかけに
交友が完全に途絶えます。
7年後に友人たちの仲介で和解しますが、
それまでの間、弴は直哉の葉書を机の前に
貼りつけて、毎日にらみながら、
「いまに見ていろ!」と念じて小説修行に
励んだといいます。その間、
弴は、『白樺』の同人たちとも交友を絶つほかなく、
『白樺』に投稿することもありませんでした。
その後も、小さな絶交は何度かあったそうですが
これほど行き来が途絶えたのは、
この時だけでした。
臨終のさい、志賀直哉は里見の両手を固くにぎって
必死に何かをつぶやいていたが
里見弴は、ひとことも聞き取ることが
できなかったそうです。
「いいから、いっしょに来いよお~」??
絶交された理由について里見弴は、
約束した日に行かずにすっぽかしたこと
以外に考えられないが、よくわからないと言い、
志賀直哉は、里見の新作小説を読んで
そこに登場する自分をモデルとする副主人公に
「私に対する見方に腹を立てて」
その雑誌を汽車の窓から田んぼへ投げ捨て
衝動的に絶交の葉書を出してしまったと言っています。
そこで、この「私に対する見方に腹を立て」た
という志賀のコトバを手がかりに、
これまで9回にわたる考察を踏まえて
同性愛とその後の二人の関係を考えてみます。
同性愛の関係で結ばれ、反発もしあった二人が
両方とも作家ないし芸術家として大成した例は、
日本では他にないのではないかと思います。
その意味で、里見弴と志賀直哉は、単に文学
のみならず、ゲイの社会史、ジェンダーの観点からも
もっと評価され、研究されてよいと思うのです。