神様は人が安易に「死んだらどうしたいか」等を言うのがあまり好きではないようです。
ただ、人が死ぬほどの迷い、挫折を感じる時はとても心を痛めます。
「生きることが迷いになるならば、死ねばそれが晴れると言うこともない。
生きるのは迷いである。迷いは晴れないかもしれないけれど、生きているうちが華だ。
くよくよしていても迷いは晴れない。だからこそ生きて迷いを晴らす」
また、
「宗教というのは迷いを晴らすための哲学を教える場。
生きるために必要ならば、少しだけかじってもよい。
けど、こじらせたらその必要性がなくなる」
生きていれば迷いは晴れるのでしょうか。
「生きながら迷いを晴らしていけばいい。
迷いというものは自分の中に見つけ、自分で晴らすもの」。
人によっては、死ぬことでしか晴れない迷いもあるのかもしれない。
「死んでからでは遅い。
それがさすがに低い意識ならば、風が吹けば飛んでしまうような意識であれば、
さればそれはさみしい意識だ。だから、こういう意識を助けたい」。
この話題に何故なったかといえば、私が軽く「死んだ後のこと」を考えていたところから、「死ぬことを軽く考えてはいけない」という意識を式神さんが貰ったそうです。
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