写真道楽

特にジャンルを問わず 長い撮影経験を活かし 何にでもチャレンジし 記録写真として残してゆきます

遠い記憶・・・追悼御巣鷹山に消えたJAL123 (極抄)

2018-08-11 | 歴史,文化,芸術
JAL123が御巣鷹山に墜落してから、この12日で33年目を迎えました。
 この尾根に散った524名の方がたの御霊に改めて哀悼の意を表し、事案の風化を防ぐためにも、     当時、私が現場で撮影した写真のうちの極めて少ない数カットを抜粋してUPします。

  上空から見た墜落現場


  機体が滑落した跡


  スゲノ沢下流方向に散乱した機体


  事故の原因となった後部圧力隔壁


  遠く離れたところに落下していた第3エンジン


 ※ さらに詳細を知りたい方は、本ブログのブックマーク「花だより・・・」をクリックし、
   開いたブログのカテゴリー「JAL123」をクリックしてください。
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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
いそっぷさん 遅れ馳せながら (ひこばあちゃん)
2018-08-13 14:56:49
貴重な写真を拝見し事故当時テレビの前に、釘付けになっていたのを
思い出しています。
また、花だよりの生々しい数々の写真拝見しました。有り難うございます。

8月12日付毎日新聞朝刊に「お父さん、結婚したよ」と関連記事があり
目頭があつくなりました。
花だより…へのご訪問有り難うございます (いそっぷ)
2018-08-13 16:48:55
 ひこばあちゃん
こんばんは、コメントを有難うございます。
当時は、泊まり込みで活動していましたが、夏だったので良かったのです。真冬では不可能だったと思います。
また、写真も多数枚撮りましたが、ブログに載せることの出来るものは少なく、「花だより…」に使ったものが精一杯です。
私も時折、当時の写真を見返しては悲しかったこと、辛かったことなどの思いがよみがえってきます。
今後は絶対にあってはならない事故だと思っています。ただ、被害者のご家族たちが、その後、強く生きておられることを知るごとにホッとしています。

花だより…は、私の基幹ブログです。
お時間のある時にご訪問、コメントなどを頂ければ幸いです。
今後ともよろしくお願いします。
はじめまして (メリッサ)
2018-08-16 11:35:14
御巣鷹山の事故は、忘れられません。
この事故で、尊い上司が、若くして亡くなりました。
命の儚さを思い知らされた瞬間でした。
ブログを拝見して、思わず読者登録させていただきました。
こんばんは (いそっぷ)
2018-08-16 19:39:10
メリッサさま
コメントを有難う御座いました。ただいま旅行中です。帰宅しましたらあらためてコメントを差し上げますごめんなさい。
コメントを有難うございます (いそっぷ)
2018-08-18 21:39:58
 メリッサさん
今夜帰宅いたしました。お返事が大変遅くなり、申し訳ありません。
尊い上司が犠牲になられたとのことさぞかし残念な思いをされたことでしょう。お察し申し上げます。
あれから33年、月日の経つのは早いものです。
色々と心無い者たちが、政府の陰謀だとか、自衛隊の戦略の犠牲だとか等と話題を作っていますが、現実に何日にも亘り現場見て、実際を知ったものにはあり得ない空論にすぎません。それこそ犠牲者を冒涜する何物でもありません。
遅ればせながら上司のご冥福をお祈りいたします。

また、読者登録を有難うございました。今後ともよろしくご厚誼のほどをお願い申し上げます。
Unknown (yokohanagokoro)
2019-08-21 08:33:50
おはようございます(^_^)ノ
残暑厳しいですが、お元気でご活躍、何よりです。
nokoさんのブログで、群馬の山の中で… とありましたので、山中で引きこもり生活をされているのかと、思ってました。
このような、大変なお仕事もされていたのですね。
この時流れたニュースは、記憶にあります。
ヘリコプターで救助された女の子の姿は、今も目に焼き付いています。その後、山崎豊子さんの「沈まぬ太陽」も読みました。
炎天下の中、さぞや口には出せないご苦労があったと思います。この記事を見て、改めて事故の悲惨さを感じると共に、犠牲になられた方の御冥福をお祈りいたします。
こんにちは (イソップ)
2019-08-21 12:02:12
 yokoさん
コメントを有難うございました。

この事故も、今年で34年目を迎えてしまいました。
御巣鷹山へは何回か慰霊登山もしましたが、当時を思い出してしまい、行くごとに辛くなり耐えがたい気持ちになってしまうので、最近は登山をしておりません。
また、いつの日か慰霊に向かえることも有るかも知れませんが、その時はその時と心を決めて行こうと思っております。

犠牲になられた方々のご家族もそれぞれご高齢となられていますが、この事故を風化させないためには、折に触れ世間に広報し、再発の防止に努める事が私の責務であると思っております。
Unknown (123ジェット)
2020-07-18 18:29:11
扇平山の手前で、大きな右旋回した後に、三国山の手前で左旋回させられ、扇平山と高天原山の平行する稜線の向こう側に、急降下して消えた後、南相木村の栗生川の源流、(奥三川湖・南相木ダムは未だ出来て無い)を通過中に第4エンジンと機体中央部に命中しました。 時間帯は、18時55分28秒頃です。

南相木村の中島の住民や栗生の住民が、命中と煙を吐き左旋回して川上村の村域を通過するのを見、突然に高天原山の急角度の斜面を駆け上がる(機首39度 時速200km/h)のを川上村の梓山の住民が、目撃してます。(18時55分51秒~57頃)

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