ウイスキーの刻 ~Whiskyのとき~

耳を澄ませば聴こえるウイスキーのメロディ。
『ウイスキーの刻』は、その真実を探し求めていきたいと思います。

『輝くということ』

2020-05-29 19:19:19 | 日記
 こんばんは。Aokiです。

 週末営業、路地裏の『名も無きBAR』。

 事実が起きている場所では明らかにならないことが、
 BARの扉を開けることで、あぶり出されることもあります。

 ただし、ここは、水面の月のようなもの。

 日の当たる場所を好む方には、見えない世界かもしれません。

 もし、ご覧になりたいときは、月夜にお越しください。


☆☆☆

『輝くということ』


 午前零時をまわり、BARは静けさにつつまれている・・・

 ・・・はずが、本日は若い女性の声が響き渡る。

 「あの営業プロモーション、実は私のアイディアなんですよ。」

 熱く訴える喉元を、冬みかん入りの
 山崎12年ハイボールが駆け下りる。

 「えっ、しかし、あれは…」

 誰のプランか知っている係長は、水玉のネクタイを
 締め直しながら言葉につまる。

 心中穏やかではないときの、彼のくせだ。

 ネクタイはいつだって、これ以上締め直す必要がないほど、
 首に食い込んでいる。

 「わたしが主任に、“これからは、近郊の高齢者をターゲットに
  加えないとダメですよ”と、教えてあげたんです。」

 彼女が言う主任は、既に2年前、近郊に住む70代以上の高齢者
 について、行動範囲や特性を分析し、今後の新規顧客獲得プランを
 資料にまとめていた。

 しかし、当時の役員たちには理解されず、
 実現にはいたらなかった経緯がある。

 最近になって、会社が依頼したコンサルタント会社が
 近郊の市場調査を行い、実は70代以上の高齢者が
 ターゲットに入ることが報告された。

 役員から部長経由で『70代以上のターゲット組み入れ計画』立案の
 指示を受けた係長は、2年前の役員たちの冷ややかな反応を思い出し、
 内心苦々しく思ったのだった。

 しかも、今回の指示を受けるにあたり、役員の誰一人として、
 当時の主任のプランを憶えていなかった。

 そんな中、唯一の救いは、当の本人がそのことに一切触れず、
 2年前から現在に至る変化も加え、見事なプランを練り上げたことだ。


 「ねえ、聞いてます?」

 その声で我にかえった係長が、場を取り繕う。

 「あ、ああ、もちろん聞いてるよ。」

 ジンジャー多めのモスコミュールで、喉を癒す。

 自家製ジンジャー故の贅沢だ。

 「もっと皆さん、世の中のことを勉強しないと駄目ですよ。
  マーケティングという言葉を知ってますか?」

 専門学校でマーケティングを専攻していたことが、
 彼女の自信の源になっている。

 真実を伝える必要もない。

 係長は、再びジンジャーを堪能する。

 その後も彼女のアピールは続いたが、BARの雑音として、
 ボサノヴァの邪魔をすることにしかならない。

 係長は自慢話につき合いながら、
 ふと、手元の銅製マグカップを見た。

 残り少ないモスコミュールに、小さな光が浮かんでいる。

 カウンターに灯りをともすダウンライトの光だ。

 “月は、自ら光らずして輝く”・・・か。

 「えっ、何か言いました?」

 「いや、君は太陽のように自ら輝いているな、と思ってね。」

 「別に、わたしは輝きたいとは思っていないんですよ。
  ただ、皆さんのためになればいいと。
  ただ、それだけなんです。」

 うれしさを隠しきれない満足顔を尻目に、
 係長は再びマグカップに視線を移す。

 “静かなれば、水面は月光をたたえる。”

 今度は心の中でつぶやく。


 「マスター、水面に映る月もいいですが、
  沈む月もいいですね。」

 ???顔の女性を桟橋に残し、マスターは頷く。

 次に供されたのは、ドライジン、ベルモットの湖畔に沈む
 パールオニオン。

 “ギブソン”

 そんな名で呼ばれるカクテル・・・


                        written by Z.Aoki

★★★★★★★★★


 かつて、この国には、『奥ゆかしい』という言葉がありました。

 やがて、欧米文化の到来により、「自己アピール」の重要性が
 叫ばれるようになりました。

 そして、それが進化し、「自分の意思を明確に表明する」、
 「事実を端的に報告する」といった、わかりやすさが
 重要視されるようになりました。

 複雑で変化の著しい時代には、必要なことかもしれません。

 ただし、時代に必要なことと、人として必要なことは、
 必ずしも同じではありません。

 時代が移り変わる中、水面に映る月は、今宵も静かです。


                             Z.Aoki
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