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ワン切り

2018/11/08

2年くらい前の話になります。
私が以前借りていた古い木造一軒家は、
深夜に一回だけ電話が鳴って切れる事がよくありました。
私は当然、それをワン切りだと思いました。
深夜にかかってくるので迷惑している人も多いと聞きます。
そこで使っていたのは留守電機能さえない古い機種で、
当然着信履歴も付いていません。
ですからワン切りがかかってきても、
実際どうすることもありませんでした。
しかしある晩、私はとても怖い思いをしました。
それ以来、あの電話はワン切りとは関係なかったのだと思っています。
その時の事を思い出しながら書いてみようと思います。
深夜に電話が鳴るようになったのは、
そこに住み始めて半年くらい経ってからでした。
しかし繁栄に鳴るというわけでもありません。
月に4回くらいでしょうか。
鳴る時間は深夜の3~4時頃で、
電子音でプルルルルルと一回鳴るだけで切れてしまいます。
それが鳴ると、いつも私は布団を頭から被って丸くなりました。
呼び出し音の後に、家の中全体がざわりとする感じがして、
それがとても怖かったからです。
私は「人の気配」や「強い視線」などの言葉を使おうとは思いませんが、
それは子供の頃に隠れん坊をしていて、
鬼が近付いて来たときの感じに似ているといえば近いでしょうか。
目を固くつむって鬼が去るのをじっと待っているときのような、
そんな気分でした。
そして布団を被った後は、必ず朝まで悪い夢にうなされたのです。
それでも私は、この恐怖心は単に心理的なものであって、
別の原因を考えはしませんでした。
深夜の呼び出し音は嫌なもので、
人を何かしら不安な気持ちにさせるものです。
不安からくる怖さ。
すべては単なる気分の問題だと思ったのです。
またそれとは別に、もう一つ気になることもありました。
寝室の押入の左端が、
たまに10センチ程度開いていることがあったのです。
私は押入が少し開いているのが嫌いなので、
いつもきちんと閉めるようにしています。
きっと怪談話の影響でしょう。
何かが隙間から覗いていると嫌だからです。
しかしそうしているにも関わらず、
たまに少し開いていることがありました。
ちなみにここの左端だけは、中に何も入れていませんでした。
そこの部分だけ、
なにか嫌な匂いがするので使っていなかったのです。
それは例えの難しい匂いなのですが、
魚が腐った匂いを薄めて少し変えたような、とにかく嫌な匂いでした。
使いたくないので脱臭剤を入れたきり、空っぽにしておいたのです。
薄い板一枚隔てただけの隣部分が、全く匂わないのは少し不思議でした。
さて、ここから問題の夜の話になります。
その日、私は夕食後に軽く居眠りしてしまった為なかなか寝付けず、
寝たり覚めたりを繰り返していました。
家はとても古い造りで、中の部屋は全部障子で仕切られています。
私は開放感を得るため、普段からこれを全開にして使っていました。
家全体を一部屋として使う感じです。
夜は個々の部屋の豆電気を付けているので、
本は読めないまでも部屋の中のものは案外見える状態でした。
その時また目が覚めてしまった私は、
足の方にある押入をぼんやりと眺めていたのです。
すると、何かフスマの表面がモゾモゾしているのに気が付きました。
押入の例の左端部分を、
内側から誰かが指で押しているようなのです。
クッ・・クッ・・と微妙に位置を変えながら何度も繰り返し、
それは退屈した子供が指で遊んでいるように見えました。
私はキョトンと夢の中の出来事のように思いながら、
しばらくそれを眺めていたのです。
その時突然、例の電話が鳴りました。
いつものようにプルルルルと一回だけです。
私は予想もしていなかったので、
驚いて心臓が止まるかと思いました。
そしてその音が鳴り終わるとすぐ、
音もなくフスマが少し開いたのです。
そこからは少し震えながら、白く細い腕が出てきました。
それは薄く透けていて、
まるでレントゲン写真を見ているようでした。
華奢で細く、小さな女の子の腕のように思えました。
そして腕は肘の上あたりまで出てくると止まり、
下に向けた小さな指が開いたり閉じたりして、何かを探っていました。
私にはその動作が、電話の受話器を探っているように見えたのです。
しかし電話は遠く玄関の脇に置いてあります。
当然届く距離ではありません。
それでもその腕は、あきらめずにその動きを繰り返していました。
一方それを見ていた私はというと、
布団の中ですっかり足に力が入らなくなっていたのです。
腰が抜けた状態だったのでしょうか。
以前に経験が無いのでよくわかりません。
少しでも腕から離れようと思った私は、
いつものように布団を頭から被ると、
尺取り虫のようにして隣の部屋へ逃れようとしました。
そして隣の部屋へ向かい不格好に向きを変えていると、
玄関にある電話の乗った台のわきにも、誰かいるのが見えたのです。
それは半袖を着た女の人でした。
その人も白く、レントゲン写真のように透けていました。
顔を深く俯けじっと正座をしているのですが、
私はその顔が妙なことにすぐ気が付きました。
目の位置が変なのです。
おでこの辺りに付いていました。
白い前髪の隙間から覗くアーモンドのような形をした目が、
押入の腕の辺りをじっと睨んでいたのです。
その目はとても怒っているように見えました。
私は両肩の脇で布団の端を固く閉じると、
ジリジリと隣の部屋に逃げ込みました。
外に逃げれば良いと思う人もいるでしょう。
でも深夜です。
寝間着のまま外に出ても行くところもなければ、
女の人のわきを通って玄関へ行く勇気も私にはありません。
隣の部屋のテーブル下にたどり着いた私は、
布団ごと体を小さく丸めました。
結局朝までそのままの格好でした。
もちろん眠ることなんか出来ません。
明るくなって隙間から怖々覗くと、女の人も腕もいなくなり、
押入のフスマが少し開いたままになっていました。
呼び出し音の後に部屋がざわめいていたのは、
彼女達がいたからだったのでしょう。
女の人は、押入の中の子のお母さんだったのでしょうか。
詳しいことは何も調べられないまま、私は引っ越してしまいました。

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