金木犀と祭り

愛媛県

『西条祭り』の備忘録

*文体が普段と違います。

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匂いが思い出させるもの

「キンモクセイの匂いがすると、『ああ、お祭りだなぁ。』って感じがするんですよ。」

私の職場の、大学生アルバイトの娘さんがこう言った。

ふと仕事場に、近くの金木犀の香りが漂った時に私が、

「キンモクセイがどこかで咲いてるなぁ。」と話したことに対しての返しだった。

 

確かにキンモクセイの香りは秋に近づいた感じがするし、

秋といえば祭りが多いのが、日本全国の市町村の「当たり前」なのかもしれない。

でも彼女は、秋だという季節感はどこかに置いて、直接的に金木犀=祭りと言った。

「…私、お祭りが好きなんですよね。ふふっ。」

彼女の中ではその花の匂いを嗅ぐだけで、すでにお祭りは始まっているのであろう。

ひどく破顔した表情で祭りを語る彼女の話調は、いつもより力強い。

 

西条祭り

西条市ホームページより引用

『西条祭り』とは、愛媛県西条市内で毎年10月に開催される祭礼のことで、

だんじり(屋台ともいう)、みこし、太鼓台がそれぞれ神社に奉納される。

江戸時代から300年も続いているというこの祭り、

市内で奉納されるだんじりなどの台数は150台を越え、

市内を流れる加茂川での宮入りは、

だんじりの台数も相まって荘厳の一言に尽きる。

 

ただ『西条祭り』は全国的に知られているかと言えば、

正直微妙なところではあるが、

地元の人間からすると、それはもう一大イベントである。

西条で祭りと言えば何よりも大切な行事で、

この祭りのために生きている人も多いらしい。

それが決して誇張とか大袈裟ではない所は、

西条に住んだことのあるこの身をもって実感したところではある。

「祭り、好きなんよね!」

「なんゆうとん!祭りが終わったら、来年祭りの準備が始まろわい!」

…こんな言葉が西条の町に溢れかえっていたからだ。

 

同市出身である、『千の風になって』で有名なテノール歌手秋川雅史さんは、

イタリア留学中の4年間でさえ祭りの時期になると必ず帰国し、

だんじり(神輿)を担いだという。

今も祭りの時期には仕事を入れないという徹底ぶりで、

秋川さんの「西条祭り愛」は極まっているように思う。

それほど地元の人間にとってこの祭りは、無くてはならないものなのだ。

 

金木犀

冒頭のくだりは、

西条市民にとっての金木犀の香りは即、祭りにつながるという、

地元ならでは文化というか、

長らく続いてきたであろう伝統の一端である。

これまた同市出身であるタレント眞鍋かをりさんも、

自身のオフィシャルブログで、

金木犀の香りがしたら「西条祭りじゃがね!」と言及している。

他にも調べてみると、

西条祭りの公式ホームページの掲示板の名前も「掲示板きんもくせい」だった。

 

私も全国を渡り歩いてきたが、

ここまで花の香りと祭りが強く結びついた地域は、他に記憶がない。

季節の移ろいと共に、花の香りを引き合いに出すことはあっても、

祭りそのものとつながっている例は、ここ西条市くらいなものである。

 

トイレのイメージ

金木犀の香りの全国的なイメージは、トイレの芳香剤の方であろう。

今の若い子達がどう思うかは知らないが、

とにかく、ある一定以上の年齢の人間からすると圧倒的にトイレのイメージである。

私の両親はそこに間違いなく含まれる。

 

金木犀の花は、甘めでしっかりした強い香りであることから、

日本において汲み取り式便所が主流で悪臭を発するものが多かった時期には、

その近くに植えられることもあった。

その要因から、金木犀の香りがトイレの芳香剤として、

1970年代初頭から1990年代前半まで大々的に利用されていたため、

一部年齢層においてはトイレを連想させることがあるのだ。

 

私はその年齢層に、片足ツッコんだような感じの世代だが、

以前よりトイレの芳香剤が多種多様な香りになってきているのを受けて、

金木犀=トイレのイメージは薄まりつつある。

しかしながら匂いの記憶というのは強烈なので、

未だにその印象を完全に払拭出来てはいないのだが。

 

香りの伝統

この私の心の奥隅に残ったトイレのイメージを、

冒頭の彼女にぶつけなくて本当に良かったと思う。

自分たちの誇りである祭りを、

その祭りを想起させる金木犀の香りを、

トイレの匂いだと卑しめる人間などとは、会話もしたくないだろう。

 

匂いの持つイメージは人それぞれで、

そのイメージに対する思いもまた、人が生きてきた経験や歴史に深く根ざす。

軽々しく人の好きな匂いを悪臭と断じたり、

とるに足らないものと言い放つことは、時に侮辱となりかねない。

下手をすると、その地域の人間全てを敵に回すこともあるだろうから、

匂いの印象を言葉にする時は気をつけねばなるまい。

 

…あの時大学生だった娘さんは、風のたよりによるとその後地元で結婚をし、

元気な子供を産んだらしい。

今頃、香る金木犀の樹の下で、

「お母さん、キンモクセイの匂いが好きなのよ。お祭りの香りだからね。」

と、あの人懐っこい笑顔で自分の子供に言い聞かせているのであろう。

きっとそうやって伝統が紡がれているに違いないと考えると、

西条の歴史から完全に離れた身ではあれど、少しうれしく思う。

私はというと、650キロ離れたこの地でも咲いている金木犀の匂いを嗅ぎながら、

そうした懐かしい西条での思い出にふけるとしようか。

 

*最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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