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午後からは各フロアへの書類の配付と合わせて、刈谷は店町を各部署に紹介してまわった。
各階への移動に刈谷はエレベーターを使用しない。階段を駆けまわったのである。店町は刈谷を駆け足で追った。
「エレベーターを待つ時間はもったいないだろ」刈谷は階段を駆け下りながら後ろの店町に言った。
刈谷はどの部署の社員からも信頼されている。各フロアで紹介されるたびに店町はそう感じた。この人はいったい何者なんだろうか、店町が本社勤務一日目に感じた感想だった。
実務を交えた業務全般の説明を受けて、店町の本社勤務初日が終わった。
店町は入社一週間前に大学近くのアパートから江坂のマンションに移り住んでいた。会社のある新大阪から市営地下鉄で二駅という便利さもその場所を選んだ理由であったが、バブル期に西日本で有数の地価高騰地域であったというブランド性にも店町は惹かれていた。
江坂駅一番出口を出て、マンションまで歩く道は夜でも明るい。江坂公園の端に階段状に水の張られた噴水が幻想的な色の光で照らし出されている。公園の北側にはポプラ並木の広い歩道が店町のマンションの側まで続いていた。
店町が自宅に着いたのは午後十一時を過ぎていた。
「陣内、初日はどうだった」
電話口の陣内も初日を終えて帰ってきたばかりの様子である。
「すげーわ。もう駄目だ。俺、続くかな、こんな厳しい会社で。工場研修とは全然違うんだもん。話が違うよ、話が。しかも、社長が出張から帰ってきたら社長朝礼があるから八時前の出勤だろ。店町は七時過ぎの出勤になるんだっけ」
「そう、明日の午後社長が帰国されるから、明後日の朝からは社長朝礼がはじまるぞ」
宗像が出張の日以外は、朝八時から新入社員に対する社長直々の教育の時間が予定されていた。業務に関するものが三割。残り七割が精神論、人生論といったものだということだったが、店町はその朝礼を楽しみにしていた。しかし他の新入社員たちは早起きしなければいけないという点で、あまり乗り気にはなれないようである。
翌朝、店町はそれまでのように日の出時刻に目を覚ましたが、ランニングに出かけるのを少しためらった。極度の緊張の中で過ごした初日のことを思い返して、体力を温存しておくべきかも知れないと考えたのだった。結局その日は走らず店町は刈谷の指示通り八時に出社した。
社屋のセキュリティは既に全フロア解除されていた。
刈谷は自席に着いていた。