参幕:あの時のアイデンティティ(ドラクエ風味)

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:弐幕




【森】 

 

 

僕は奇妙に非現実的な月の光に照らされた森の浅瀬に入り、あても無く奥へと入って行く。

あたりを威圧する森林は夜の漆黒を抱え込み、風に擦れる葉音を幾多にも重なり響かせる。その音はどこまでもどこまでも深い闇に吸い込まれているようだった。

歩き続ける。

影のボクが言っていた落とし物とはなんだろう。行けば分かるって言っていたけど、小さい物だとまず分からない・・・。やはり陽が昇ったら探した方がとは思うけど、日中は唄読みで来れない。僕はどうするべきか悩んでいた。

 

その時、暗闇の茂みがガサガサガサと大きく揺れ動き何かが近づいて来る。

反射的に僕は走る。

 

ー森へ行くと心を奪われるー

 

そんな言葉が頭をよぎる。

僕の脚力は力強く素晴らしいスピードでこの場から離れる。

しかしそれを優に上回る速さで何者かが頭上を飛び越え、目の前に立ち憚る(はばかる)。

「夜に森をうろつくのは危険だぞ!」

人間の胴体に四本の馬の足を持つケンタウロスだった。

僕は息が上がり喋ろうにも喋れないでいた。

「とりあえずこの場から離れよう。今日は奴らが来るかも知れない」

僕はケンタウロスの背中に乗せられ小さな小屋のある所に連れて来られた。

 

「ここなら大丈夫だ」

小屋の前で降りて僕はお礼を言った。

「あなたは誰?」

「私は森の番人さ。君みたいなのが森に潜り込まないように見張っているのさ」

「じゃあ奴らって?」

「奴らは<暗闇>さ。あのまま暫く森を進むと線路がある。その線路は長く伸びていて森の奥深くへと続いている。奴らは電車に乗って定期的に森の浅瀬へ来ては心を拾っていくのさ。」

「じゃあ、あのまま僕も森に居たら<暗闇>に心を奪われていたって事?」

おそらく…っとケンタウロスは頷く。

ふーっと胸をなで降ろす。

しかし肝心の落とし物が見つかっていない。

「何故森へ来たんだ?」

僕の影が弱くなっている事、森で何か落し物をして探しに来た事を説明した。

「その落し物はおそらく・・・いや、確実にコレだと思う。」

ケンタウロスは腰の鞄から翡翠色の鈴を取り出した。

「これは<おもいでの鈴>と言って、古くから奇跡が宿る欠片として言い伝えられているんだよ。」

手渡される。その鈴は緑色にぼんやりと光を放っている。

「ありがとう。…でもなんでこれが僕の影の落とし物って分かるんだい?僕でさえ、この鈴が影の落とし物って分からなかったのに」

うーん…っとケンタウロスは顎に手を当てて考える。

 

「君がこの世界そのものだからさ。」

 

 

 

 

 

 

 

【あの時の】

 

 

そのぼんやりと光る物を両手で包み取る。

 

エメラルドグリーン、フォレストグリーン、パープルグリーン。始めは薄い緑色に思えたが、眺めていると色々な色が混じっているようにキラキラと光る風鈴だった。

隙間風も入って来ない部屋で風鈴は透き通った音色を響かせ、不思議な光を放つ。

その澄んだ音がゆっくりと、次第に大きく鳴り響くと、頭の中に彼女との記憶が鮮明にフラッシュバックする。

 

 

俺はこの風鈴を知っている_

 

小学生のお祭りの日_

泣いてる俺を慰める為_

栞がこの綺麗な風鈴をくれたんだ_

 

 

栞と最後に過ごした高台の上_

赤い糸の話を聞いた後_

彼女に蹴られて前に倒れる_

振り返ると彼女は笑ってて_

何か話してたけど聞こえなかった_

聞こえなかったから適当にはぐらかすと_

彼女は「帰る!」と怒ったんだ_

 

あの時、

彼女は何を言ったんだ…?

 

何て言ってたんだ……?

 

 

 

_ふと我に返る

寝静まった自分の部屋だった。

風鈴は月明かりに照らされ翡翠色をしていた。

 

 

 

 

 

【僕とボク】

 

 

ケンタウロスに別れを告げ、僕は森を後にして影の居る施設に戻った。

あと一時(ひととき)で夜が明ける頃だった。

施設に潜り込み長い通路をなるべく音を立てずに歩き、影の居る部屋に入る。

少し具合が悪そうな影も、鈴を渡すと嬉しそうに喜んでいた。

それから森であった出来事や<暗闇>が心を奪いに来る事、ケンタウロスから「君がこの世界そのものだと」と言われた事を話した。

「その事だけども…ボクもこの おもいでの鈴 を見て確信したのだけど、やはりキミとボクは一つにならないとダメだと思うんだ。だからこの街を一緒に出よう」

影はそう言った。

 

 

 

 

 

【天井】

 

 

花火大会の当日になった。

剣介から花火大会行こうぜと誘いの電話があったけども、何故か気が乗らなくなってしまった。剣介には悪いが体調が悪いと嘘をついた。

「じゃあしゃーないな!お大事に!」と剣介は言っていた。

 

二階のこの部屋からも、少しだが花火が見える。

暫くボーっと見ていたが、畳に寝転がり天井を見上げる。

俺は何してんだろう…。

そう思い目を瞑る。

花火が上がる音と人が賑わう声が少しずつ遠ざかっていく。

 

_夢と現(うつつ)の間

僕は影を失いどこまでも闇に沈んでいく

見上げると何かぼんやりとした二つの緑色の光が見える

その光は次第に重り合い美しく広がり暗闇を照らし出す

 

 

ハッと目を開く。

風鈴がぼんやりと光っていた。

風鈴を手に取り、俺は急いで彼女と花火を見た高台へと向かった。

 

 

 

 

 

アイデンティティ

 

 

夜明け前、僕と影は壁の直ぐ側に来ていた。

もう少しすると門番がここを通るだろう。

壁は意識して見ると、通り抜けられるような穴が空いていた。

意識して見れば今まで気付かなかったものが見える。そこに無限の可能性があって、気付くという事が大切なんだと僕は思った。

「一緒に壁の向こうに行って、おもいでの鈴を鳴らすんだ。それで全てが解決する」と影は言った。

 

 

高台に着いた。全力で走りゼエゼエと肩を揺らし地面に跪く(ひざまずく)。

花火はまだ上がっている。

泥の付いた手で汗を拭い夜空を見上げる。

「この風鈴と…俺の中の光が合わされば…想いが伝わる。花火大会の日なら必ず、奇跡が起こる…!」

翡翠色の風鈴を強く握りしめた。

 

 

「…やっぱり僕はここに残るよ。」

影はあっけに囚われ僕を見る。

「僕がボクであるために、この壁を超えるのはキミだけでいいんだ。それが自然な事なんだ。」

暫く見つめ合い影は頷く。そして影の手を取り鈴を渡した。

この街に初めて入って来た時のように、今度は僕が壁の外へ行く影の後ろ姿を見送った。

 

_ボクはおもいでの鈴を鳴らした。

眩しい朝焼けが霧を溶かし、鈴の音が街全体に響きわたった。

 

_高台の上から勢いよく風鈴を投げた。

 

 

 

二つの光が大空に重なりあい弾ける。

七色の花火の様に空一面に広がり美しい鈴の音が響き、眩しい光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

光が収まり静けさを取り戻す。

辺りを見回す。

何も変化の無いひとけの無い高台だった。

 

何かが起こると思っていた…彼女に会えると思っていた…!

全身の力が抜けていくのが分かる。

 

近くのベンチに腰かける。

その時、突然後ろから蹴られ俺は前に倒れ込む。

振り返ると浴衣を着た彼女が満面の笑みでピースをしていた!一年前と同じ栞が居た!

 

_この後だ、この後に栞は何か言ったんだ。

ちゃんと聞かなければまた繰り返してしまう。そう思った。

 

 

 

 

「あなたは…私のアイデンティティ…。」

 

 

 

 

…ん?

 

 

 

 

「あなたは私のアイデンティティ…!」

 

 

 

 

つまり…?

 

 

 

下を向いてた彼女は赤く染めた顔を上げてめいいっぱい叫んだ。

 

 

「大好きって事!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は最後にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい。

 


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〜あとがき〜

またまた思わぬ長編となってしまいましたが、読んで頂いてありがとうございました。

ドラクエ内でのアイテム<おもいでの鈴>はダンジョンや洞窟から脱出する為のアイテムですが、そのネーミングから何か不思議な魅力があって別に他愛もないアイテムだけどなんとなく好きで、それを取り入れた物語を書きたいと思って始めました。

抽象的な世界に居る僕と影ですが、終盤に主人公が言っている通り、主人公の頭の中の世界です。僕は潜在意識を示していて、影であるボクは顕在意識を示しています。森の奥深くは無意識や宇宙意識への繋がりを示しています。

この影の世界の元は村上春樹著者「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を激しくリスペクトしてあります。私自身この物語が大好きで、何度も読み直してる本です。

その本質を理解するために心理学を少し勉強ってほどでも無いですが調べました。

心理学は趣味の範囲で雑学としてしか知識が無かったので、色々調べる機会が出来て面白かったです。

この後どうなったかは読み手に委ねますという卑怯な終わり方です(笑)

それでは皆様に良い風鈴の音が響きますように。

2018/09/21  こまちぉ

 

 


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