感情由来成分の鼻血
夜中にふと目が覚めて、なんでだろと思うより前に理由が分かったのでティッシュ箱を掴んで洗面所にダッシュ。
鏡を見るとおびただしい血が手の隙間から漏れていて、午前4時の光景としては最悪だった。
鼻血それ自体は昔からよく出ていたので慣れている。幾度か鼻をかむと止まったので、手の血を拭い、顔を洗った。ただでさえ血祭りなのに鼻からもとなると笑えない。
上からも下からも血が出る女。寺山修司にありそうだ。
鼻血の理由として思い当たることはある。 寝る直前まで興奮して映画を観ていた。
「ムーンライト」だ。
気軽に観たのは大きな間違いだった。
最高に辛い良い映画だ。とは言っても「ダンサーインザダーク」のような「鬱」の辛さではない。人生の悲哀、皮肉に類するものだ。映画に村を焼かれた。
ゲイで黒人男性の主人公、シャロンの成長を通して描かれる、マイノリティーとして生きていくということの息苦しさから目を離せなくなる。
芥川の「地獄変」で、愛娘を乗せた牛車が燃えていくのに魅入られた絵師と同じような残酷さ。
あらすじとしてはこうだ。
アメリカでも特に治安の悪い地区に、シャロンという小学生の男の子が住んでいる。彼の母親は売春婦かつヤク中、ついでに情緒不安定というストレートフラッシュみたいな女性だ。そのせいでシャロンは学校でいじめられており、放課後は毎日いじめっ子たちから逃げ回っている。
ある日、いつもの通り追われていたシャロンはフアンという男性に助けられ、ご飯を奢ってもらう。フアンはムキムキの黒人男性で、歯に金の被せ物をしているという治安が悪い地区の看板のような見た目の男だが、根はめちゃくちゃ優しい。ご飯を奢りベッドも貸してあげたのに自分をガン無視するシャロンに全く怒らない。いいやつだ。因みに仕事はヤクの売人をしている。保育園の先生であってくれ。しかし環境がそれを許さなかったために彼はヤクを売っている。
父親のいないシャロンにとって、フアンは親身になってくれる初めての大人の男だった。最初は心を開かなかったシャロンだが、彼の家や海へ遊びに連れて行ってもらううちに、信頼していくようになる。
しかしこの時点で、シャロンはフアンの仕事をしらない。
ある晩、フアンは自分の仕事場に行って、そこでルールを守っていない客を発見し、注意しにいく。そこにいた客とは、シャロンの母だった。彼女は自分の客と一緒に車内でマリファナを吸っていた。
自分が売った薬で、シャロンが苦しめられている。真実を知ったフアンはひどく狼狽する。母親はフアンに「被害者ぶるな」と言うように苛立ち、その勢いのままシャロンにフアンの仕事を話してしまう。(助けてくれ!!!!)
翌朝、シャロンはフアンの家に行き、事の真相を確かめる。フアンは苦しそうに頷き、シャロンは失望して去っていく。 第一部完。
これだけでも一本の映画になりそうなものだが、映画は第二部、第三部と続いていく。シャロンが高校生になって親友に恋をしたり、ムキムキになって金のマウスピースをはめたりするが、とにかくそこには「人生のままならなさ」がこれでもかと詰まっている。
好きな人が自分と同質の好意を返してくれないこと。
信頼を裏切られること。
憎んでいたものと同じになってしまうこと。
観る者はいくつかの場面で「助けてくれ!!!!」と叫ぶことになるだろう。
シャロンをこの人生から助けてくれ!締め付けられるこの胸の苦しみから助けてくれ!
しかしそれは「映画を見なければ良かった」という嘆きとは無縁のものだ。
シャロンが、悲しみに満ちた自分の人生をそれでもどうにか生きていく。
その足取りが私たちに勇気をくれるのだ。その勇気が、いつか「助けてくれ!!」と言いたくなるような悲しみに直面した時、その先へと進ませてくれるのではないだろうか。
もし、興味があるならみなさんもムーンライトを観て、シャロンの人生に心臓を鷲掴みにされてほしい。「助けてくれ!」と嗚咽しながら、観終わった時には元気になっているだろうから。
私もいつか十連勤の後にへそから血が出た時のために、もう一周しておこうかと思う。
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