『丸の内魔法少女ミラクリーナ』村田沙耶香【ネタバレなし】「確かなものなんてなにもない」ことだけが確かなことだ。

内容(公式サイトから引用)

 単調でストレスフルな日々をキュートな妄想で脚色して何が悪い! さまざまな世界との対峙の仕方を描く、衝撃の短編集! 村田沙耶香ワールドの神髄を堪能できる4篇を収録。

丸の内魔法少女ミラクリーナ
 OLの茅ヶ崎リナは、日々降りかかってくる無理難題も、魔法のコンパクトでミラクリーナに“変身”し、妄想力を駆使して乗り切っている。そんなある日、元魔法少女仲間のレイコが、恋人の正志と喧嘩。よりを戻すためには「レイコの代わりに魔法少女になること」を条件に出すと、意外にも彼は魔法少女活動にのめり込んでいくが……。

秘密の花園
「見ているだけでいいから」と同じ大学の早川君を1週間監禁することにした千佳。3食昼寝付きという千佳の提案に、彼は上から目線で渋々合意した。だが、千佳の真意は、小学3年生からの早川君への初恋に終止符を打つため、「生身の早川君がいかにくだらない男か」を目の当たりにし、自分の中の「幻想」を打ち砕くことにあった――。

無性教室
 髪はショートカット、化粧は禁止、一人称は「僕」でなければならない――。「性別」禁止の高校へ通うユートは、性別不明の同級生・セナに惹かれている。しかし女子であろう(と推測される)ユキから、近い将来、性別は「廃止」されると聞かされ、混乱する。どうしてもセナの性別が知りたくなるが、セナは詮索されるのを嫌がり……。

変容
 母親の介護が一段落し、40歳になって再び、近所のファミレスで働きはじめた真琴は、世の中から「怒り」という感情がなくなってきていること、また周囲の人々が当たり前のように使う「なもむ」という言葉も、その感情も知らないことに衝撃を受ける。その矢先、大学時代の親友から「精神のステージをあげていく交流会」に誘われるが……。

(KADOKAWA公式ページより)

げいむすきお
げいむすきお

 村田沙耶香の作品群の中では比較的刺激が少ない短編集。刺激が少ないからと言って、つまらないわけではない。過激な思想は変わらないからだ。村田沙耶香の面白さは、刺激そのものではなく、刺激を引き起こす根源である思想の過激さにあると言えよう。

あらすじ+α

 4つの短編が収録された短編集。あらすじに、読んで思ったことをネタバレにならない程度にプラスして紹介する。

丸の内魔法少女ミラクリーナ

 小学校3年生の頃、不思議な動物ポムポムからもらったコンパクトで魔法少女ミラクリーナに変身することが出来る36歳の女性が主人公の物語。ミラクリーナに変身することで、残業終わりの帰宅直前になって後輩に仕事を頼まれても嫌な顔をせずに頑張ることが出来たり、仕事のストレスを受け流すことが出来る様になる。

 主人公は、ポムポムがただのぬいぐるみで、魔法のコンパクトはただのおもちゃだということはわかっている。それでも肌身離さず持ち歩いていて、嫌なことがあった時は魔法少女に変身する。そうすることでストレスを軽減できることを知っているからだ。

 これだけだと、つらい感情を自分の中の別人格に背負わせる内在性解離の話や、人間関係の不安定さから来るイマジナリーフレンドの話のようだが、主人公は心に闇を持っていたりはしない。ただ、人並み程度の愚痴を心に持っているどこにでもいる36歳だ。ミラクリーナに変身しなかったとしても、問題を起こさないだけの社会性も能力も持っている女性だ。ただ、なんとなくやめ時が分からず続けてしまっているだけだった。

 これだけでも興味ひかれる話なのに、親友が「彼氏にモラハラを受けている」ことを知ってしまったところから、さらに話は転がっていくことになる。

 ダ・ヴィンチのインタビューによると、この話は「2013年に文芸誌『小説 野性時代』のヒーロー特集に寄せたもの」だそうだ。

秘密の花園

 主人公は大学生の女性。どちらかというと地味であまり目立たないタイプだ。異性に対してもそれほど積極的ではない。そんな彼女が思い切った行動に出る。初恋の男性に、一週間の期間限定で監禁させてほしいと申し出たのだ。

 小学3年生の運動会で好きになって、それ以降忘れられずにいた男性だった。中高と別の学校だったが、ずっと想っていた。会えない間に想像は膨らみ、現実の男では太刀打ちできないくらいに理想化されていく。付き合っていた男性に「初恋の人が忘れられないから」と別れを切り出すほどだった。

 それは良くないことだと本人も理解し、悩んでいた。そして、悩んだ末に出した解決法が初恋の人を監禁することだった。

 男は主人公の申し出を訝しむものの、女性を軽く見る性格のため、あまり深く考えることをせず、「どうせ彼女と喧嘩してしばらく身を隠すつもりだった」と、一週間だけの監禁生活を甘受する。

 恋愛に関して「女は上書き保存、男は別名保存」「女は新しい恋人が出来れば過去を忘れ、男は新しい恋人が出来ても過去は忘れられない」とよく言われる。その原因として個人差が大きいのはもちろんだが、それを別にすると、女性の方が恋愛話で盛り上がる傾向が強いため、話すことで思い出を引きずることが少なくなるのではないかと思う。いくら思い出の中で美化しても、恋愛話の中でその美化を他人に簡単に否定してもらえるからだ。

 例え、美化を誰にも否定してもらえなかったとしても、多くの人は上手く処理することができる。だが、彼女はそのどちらも出来ずに……と、いった話。

無性教室

 性別が無くなった世界で人はどんな恋愛をするのか考えてみました的な話。

 主人公の通う学校では、校内にいる間、性別を隠さなければならない。「性別」が校則によって禁止されているのだ。胸はぴっちりとしたタンクトップで押さえつけ、名前は入学時に決めた通称で、一人称は「僕」のみ、制服は一種類と徹底されている。そのため生徒同士、お互いに性別がわからない状態で生活をしている。

 そんな中、主人公は一人の生徒を好きになる。その一方で、別の生徒に告白される。もちろん、お互い性別がわからない状態のままで、だ。自分以外のみんなが男なのか、女なのか悩む主人公。その上、男でも女でもない可能性まで示唆されて、主人公の感情は混乱を極める。

 現実世界では「性教育を積極的に早くから始めて、何が危険で、何が危険でないか、正しい知識を教え、自分で自分の身を守れるようにしよう」というのが世の流れであるため、思春期に性別を隠させるというのは臭いものには蓋をする的な対応で、虐待にあたるだろうと思われるが、そんなことは関係ない。小説の中だから許される思考実験だ。

 一方、ネットの世界では、相手の性別、年齢がほとんどわからない中で恋愛に発展することはままあるようだ。ネット上で告白したら、実は既婚で夫と子供もいて、子供の方と同い年だったという話も聞いたことがあるし、女子高生だと信じて告白しようと電話をしたらおっさんだったという話も聞く。それで気持ちが冷めるのだとしたら、一体何を好きになっていたのだろうかと思う。なんか可哀想で本人に「どんな気持ち?」とは聞けなかった。

変容

「若者の何とか離れ」や「『最近の若い者』論」は、しばしば批判や嘲笑の対象になる。古い価値観こそ正しいと信じ込み、新しいものを間違ったものとして非難する態度は共感を得られないのである。

 主人公は実母の看病のため、病院と実家を行ったり来たりの生活を2年間続けていた。それは社会から隔離された世界に住んでいるも同然だった。母の病状が安定し、夫に促されて二年ぶりに働きにでると、世間は少し変化していた。はるか年下の同僚たちの様子がなにかおかしいのだ。よくよく話を聞いてみると、怒りという感情を持っていない様子だった。家に帰って確認してみると、同年代の夫も怒りの感情を忘れてしまっていた。ただのジェネレーションギャップではなさそうなことに焦り、大学時代の親友にも会って話を聞くことにした主人公だったが、親友もやはり同様で、社会が変容してしまったことを確信する。

 自分だけが取り残されてしまっていることに気付いた主人公は、大学生のころ「感覚が古すぎて理解できない」と陰で馬鹿にしていた年長者のことを思い出す。彼女なら怒りの感情を今でも持っているのではないかと連絡を取る。彼女は怒りの感情は勿論のこと、主人公が大学生の頃にはすでに古いと言われていた感覚もしっかりともったまま生きていた。嬉しくなって感情をぶちまけ、共感しあい、怒りの感情をみなに知らしめようとするのだが……。

 社会のあり様に正しいも間違っているもない。あるのは自分が生きやすいか生きにくいかだけだ。その生きやすさを手に入れるための選択肢として、「社会を変えていく」「自ら変わっていく」「社会に変えられていく」など、いくつか用意されている。ただ「自分は絶対に変わらない」と思っていても、それこそが社会に「変わらないように、変えられていた」結果かもしれず、自分の意思は一体どこにあるのかはわからない。本当に選択肢はあったのか、なかったのか。そういうお話。

最後に

げいむすきお
げいむすきお

 最初の2ページで「魔法少女物なんて、奇をてらったものから、正統派まで数限りなくあって、今更どんな話を書くんだろう」と思ったが、次の数ページで「なるほど、そういうことか」と納得。いつもの村田沙耶香で、個々の常識のぶつかりあいが始まる。他の話も序盤で「これは〇〇がテーマの話かな?」と思わせて、別の所にオチを持っていくテーマのミスリードを多用してくる。読んでいて飽きない。

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