創作物語・ミスターM氏の婚活【後編】
前編がまだの方は前編からどうぞ
昨日の続きです。
勤めている本社ビルのトイレ清掃にきている女性にひとめぼれしたのだ。
トイレ掃除はおばちゃんがするものを思い込んでいたし、じっくり女性を見るなんてことはしたことがなかった。3秒でも女性を凝視したら、セクハラととられかねない。
しかし、ちらっと見ただけでミスターM氏はその女性にダイヤの原石のような輝きを感じてしまった。後ろで縛った髪をほどき、帽子をとれば、美しい女性になる。
また、なぜこんな美しい女性がトイレ掃除をしているのか、不思議だった。
そのこともギャップ萌えというのか、興味をそそった。
なにか深いわけがあるに違いないと思った。
ミスターM氏は、その美しすぎる清掃員の女性を自分だけが知っている逸材として、誰にも言うことなく秘密にしていた。同僚に話して、横取りされても困る。
ミスターM氏は女性に話しかけるタイミングをはかるため、何時に何階のトイレを清掃しているのかを自分の足でもって調べた。
その結果、女性は時間通り仕事をこなしていることがわかった。
女性の仕事ぶりを見ていると、非常に手際がいい。トイレ掃除に命をかけている、そんなふうに思った。それで、ますます、妻に欲しいと思ってしまった。
まだ、付き合ってもいないのにである。
ある日、ミスターM氏、ついに彼女に話しかけることに成功した。
「いま、使えますか?」
「申し訳ございません。他の階のトイレをご利用願います」
そんな一言からふたりの関係は始まった。
わざと、彼女が清掃している階のトイレに行き、彼女に話しかけるのだ。
また、彼女が次の階に移動するときを狙って、わざと通りかかって挨拶をしたり。
しだいに、彼女のほうもミスターM氏を意識し、また、会いましたね、なんて挨拶を交わすようになってきたのだった。
「こんにちは」
「今日は天気がいいですね」
なんて会話もできるようになった。
彼女はいつもにこやかで可愛らしかった。
ミスターM氏は、彼女と結婚したいと真剣に考えていた。
毎日のトイレ掃除から解放してあげたい。
自分の年収なら、彼女が働かなくても贅沢な暮らしをさせてあげることもできる。
トイレ掃除という仕事を軽蔑しているとか、下に見ているとかではなく、こんなに美しい女性にさせておくのはもったいないと思うのだ。
自分の財力で綺麗な服を着せてやりたい、きっと似合う。
きっと彼女は自分に感謝し、愛してくれるだろう。
そう、思うこと自体が、すでに上から目線、エゴだということには気づいていない。
彼女に、告白しよう。交際を申し込もう。
ミスターM氏は、仕事中トイレにたった。
何時にどこのトイレを清掃中かは完璧に頭に入っている。
彼女が次の階のトイレに移動するときを狙うのだ。
彼女を見つけると、こんにちは、と話しかけた。
そして、勇気を出して言った。
「好きです。結婚を前提に付き合ってください。」
「はい」
やったー!!ミスターM氏は小躍りしたい衝動を抑え、
「ありがとう」と言って、彼女の手を握った。
彼女の手はふんわりとして綺麗だった。しかし、冷たかった。
デスクに戻ったミスターM氏は、これから始まるバラ色の人生を思うとニヤニヤがとまらなかった。今日、午後6時に彼女と会う約束をした。待ち遠しい。
隣りのデスクの先輩が、ミスターM氏の様子がいつもと違うのに気付いた。
「なんかいいことあった?」
と聞いてきたので、トイレ清掃の女性がすごくきれいで可愛くて、一目ぼれしたので告白したら付き合うことになったと説明した。
「あぁ、彼女、一年前にここに来て超話題になってたよ。美人過ぎるってね。」
と、先輩は言った。
そうだろうとも、彼女はトイレ掃除をさせておくにはもったいない器量よしだ。
自分が発見したダイヤの原石だと思っていたミスターM氏は、超話題になっていたと聞いて、少しがっかりした。
そして、続けて先輩は言った。
「やっぱり、清掃員も美人がいいよな。彼女は本社が購入した純日本製最高級トイレ掃除専用ロボットだよ。高性能AI搭載で人間と会話もできるし、けっして人間を傷つけるようなことも言わないんだ。当時はみんなが彼女に話しかけたよ。おまえ、半年前に帰国したから知らないんだっけ。」
ーー完ーー
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